パンツにアイロンかけますか?

ボクの最初の海外はハワイだった。当時JALのコナ便(ハワイ島西岸のコナ空港)が新しく就航したとかで、職場の系列の旅行会社から営業協力の依頼が来たのだった。協力とはいっても支払いは個人の財布から出るので大っぴらに休みの取れるというだけの個人旅行だった。
コナ空港からカイルア・コナというリゾートがたくさんある地域にある(と言っても隣のリゾートまでは車で20~30分程かかる)ヒルトンに投宿した。初めての海外旅行なので様子もわからずに着替えなども用意していったのだが、昼間は30度を超えるハワイも夜になると上着が必要なほど涼しかった。Tシャツで十分と思っていたボクはあっという間に着替えを使い果たし、ホテルのランドリーにGパンなどを出した。

翌日戻ってきた洗濯物を見て驚いた。Gパンにピッチリとアイロンがかかって折り目がついている。えーっ、Gパンにアイロンってどういう神経?と思ったが、特別サービスのつもりなんだろうくらいに思って気にもしていなかった。そして数日後、パンツまで使い果たしたボクは下着もまとめて再びランドリーに出した。翌日戻ってきた洗濯物を見て再び驚いた。パンツにアイロンがかかってるー!
それまで日本のホテルでパンツをランドリーに出してもアイロンがかかって戻ってくることはなかったように思う。いやもしかしたらかかっていたのかもしれないが気にしたことはなかった。

そんな折、テレビで日本在住の外国人が出ている番組を観た。すると日本人以外の全員が中国人やベトナム人、タイ人に至るまで「すべてのものにアイロンをかける」と言っていた。驚いた。彼ら彼女らは家でパンツを洗っても必ずアイロンを掛けるのだという。どうして?と尋ねると「だって(アイロンを掛けないと)不潔じゃない?」というのだ。不潔?だってちゃんと洗って干しているのに不潔というのはどういうことなのだろうと思った。

彼ら、特にヨーロッパ人にはペストの恐怖が刷り込まれているらしい。14世紀に起きたペストの流行は中国からシルクロードを伝ってヨーロッパにまで広がり、総人口の1/3が死滅したと言われている。その後も、下着を頻繁に替える習慣のなかったヨーロッパでは18世紀頃までは何度も流行を繰り返したらしい。おそらく500年以上たった今でも先祖から受け継いだペストへの恐怖心がそうさせるのだろう。中南米でもスペインの侵略によってヨーロッパから病原菌が持ち込まれたという話もあり、菌に対する恐怖心が高まったのかもしれない。一説にはスペイン人が持ち込んだペストがインカ帝国を滅ぼしたという話も聞くが、実際には病原菌が原因ではなく、体制が不安定だった当時のインカ帝国の王をスペイン人が殺害したことによる体制の崩壊がインカ帝国の滅亡を引き起こしたとする説が有力である。しかしいずれにしてもヨーロッパから大陸に特有の各種の病原菌が持ち込まれたことは間違いないらしい。

一方で水がふんだんに使えて頻繁に洗濯、外干しによる滅菌が一般的だった日本では島国と鎖国という条件も重なって大きな流行はなかった。江戸時代以降、日本にもアイロンが持ち込まれたが、ノミやダニ対策には煮沸消毒が一般的でアイロンで滅菌するという発想は希薄だったのだろう。アイロンは主に身だしなみのための道具でしかなかった。

だからヨーロッパ人はどんなに貧しくてもアイロンだけは持っているらしい。アイロンのない生活など怖くて送れないのかもしれない。
それぞれの国で価値観がまったく異なるのは分かっていたが、全員がパンツにアイロンをかけている外国人の生態には正直言ってびっくりした。