それでも寿司は廻っている

僕は子供の頃、寿司が好きだったのかどうか覚えていない。そもそも寿司を食べる機会などなかった。食べたことがないのだから覚えているわけがない。寿司屋に連れて行ってもらったことはなかったし回転寿司も小僧寿しもなかった。唯一食べた記憶があるのは法事のときだ。親戚が集まると寿司屋から丸い桶の出前を取ったものが、子供の口にもおこぼれでまわってきた。それでも「子供にワサビは無理だから」と玉子くらいしか食べさせてもらえなかった。そう、だから今でもお寿司の玉子が好きなのかもしれない。

確か20代の頃、一皿100円の回転寿司というのができた。地元にもベルトコンベアの付いた寿司屋ができた。友達から「松本(長野)には寿司が船に乗って廻っている寿司屋がある」と聞いて回転寿司を食べに神奈川県から長野まで悪友たちと車を飛ばしたこともあった。たしか「かっぱ寿司」という店だった。店内に入るとカウンターの前には水路があり、その中を桶に乗った寿司が廻っていた。それ以来、水で流れる回転寿司は見たことがない。まだ回転寿司屋が話題になる時代だった。仕事に就いても安月給の頃は回転寿司によく行った。またその頃には”回転寿司風”だが回転しない格安寿司屋もできてきた。「すし好」という店が家の近くにあったので何度か通った。回転寿司の値段に近いがホンモノの(笑)寿司屋の雰囲気が味わえるというので随分人気だった。またその頃はまだバブルの余韻が残っており、横浜辺りの廻らない寿司屋にも足繁く出入りしていた。

仕事が猛烈に忙しくなってしばらくは寿司屋に行く時間もなくなった。10年ほども経って久しぶりに回転寿司屋に行ってみると雰囲気が変わっていた。寿司が廻るベルトコンベアはあったが、そこには寿司はほとんど乗っていなかった。「ご注文があれば言ってください」と言われた。注文して握ってもらうのだから普通の寿司屋と何ら変わらない。でも値段だけは回転寿司だった。

以前に回転寿司ができ始めた頃、寿司屋のオヤジからこんな話を聞いたことがある。

「寿司屋ってのはお客様と主の一対一の会話を楽しみながら寿司を楽しんでもらうとこだ」
「だからお客様と主の間に繋がりができるんだ」
と。
「しかし最近できてきた回転寿司には会話ってものがまったくない」
「でもそれはそれで正反対の、寿司屋の究極の姿かもしれない」

あれから何十年も経ったが回転寿司は安価な寿司として相変わらずの人気があり週末には行列もできている。一方で古くからの寿司屋も細々とではあるが相変わらず高級な寿司屋として営業を続けている。あの時のオヤジの言ったとおり、まったくの対極として共存している。安い寿司屋ができたから高い寿司屋が潰れるのではなく、それぞれのいいところを活かして別の生き方をしてきたのだ。
最近でも回転寿司屋のベルトコンベアに寿司が廻っていることは少ない。ベルトコンベアの向こうにいるオヤジに注文すると握ってくれる。その後にオヤジと話を交わすことはほとんどない。寿司は廻っていなくてもやっぱり回転寿司なのだ。