”サービス”って聞いたら何だと思いますか? 無料?オマケ?試供品? 日本ではそう考える人が多いと思います。かつて10年以上ホテルに勤務していましたが、「それはサービスですか?」と聞かれたことは何百回もあります。ホテルはサービス業ですからお客様に”サービス”を提供してその対価をいただくことでビジネスをしています。仮にサービスが無料だとしたら商売は成り立ちません。だから基本的にすべてのサービスは有料です。もちろん時にはオマケを差し上げることもありますが、それは特別な場合です。

日本人は”物を受け取る”ことに関してはお金を払いますが、サービスを受けてもお金を払いたがりません。お金の代わりに手元に残る目に見えるモノがないと満足しません。だからサービスの対価を請求すると「え?お金取るの?」と不機嫌になるお客様も、無料で配っているアメニティを渡すといとも簡単に素直に支払います。でもそれはサービス業の仕事ではありません。日本には「何かやってもらったことにお金を払う」という文化がありません。特に日本ではチップ制は一般的ではないので、サービスに対してお金を払うという感覚が希薄なのです。レストランに入って料理を食べれば、それは材料の仕入れに対してお金を払うことはやぶさかではありませんが、コックが料理を作ることやウエイターが料理を運ぶ(サーブする)のはタダだと思っています。

コックはコックになるために長い時間をかけて修行をしてきました。ウエイターも一人前になるまでにたくさんの訓練をしてきました。どちらも自分でやってみればわかることですが、誰でもその場で思い付いて簡単にできることではありません。でも仮にコックやウエイターのサービスにお金を払ってもいいというお客様がいても、料理や配膳にかかった時間に対しての”時給”だけを正当な対価だと思っています。10分で出来上がる料理なら10分間分の時給だけを払えばいいと思っています。でもコックはその料理を作るために何10年もの修行をしてきたのです。料理を運ぶのに30秒かかれば30秒分の時給だけが対価だと思っています。

有名な話ですが、ある時、画家のピカソが街中で知らない人から声をかけられたそうです。その人は「ピカソさん、私はあなたの大ファンなんです。何か描いていただけませんか?」と言いました。ピカソは「はい、いいですよ」と言って5分ほどで絵を描いてその人に渡しながら、「はい、200万円です」と言ったそうです。その人は「え?それは高すぎませんか?あなたはほんの5分ほどでその絵を描いたじゃありませんか?」と不満げな顔をしました。果たしてピカソはボッタクリなのでしょうか?

ピカソはその人に言ったそうです。「いえ、この絵にかかった時間は58年と281日と11時間5分です。私がこれまで絵の修行にかけた時間です」

つまり、1枚の絵を描くために自分は長い間修行して今の境地にたどり着いたのだと言いたかったのでしょう。1枚の絵にかかった時間は5分でもその裏には長い間の苦労や苦悩があるのだという話です。

ボクはホテルを退職した後、システム開発の仕事に就きました。元々は20代の頃からやっていた仕事です。サービス業の薄給生活から脱出するために転職したのですがそこでも同じようなことがありました。もちろんシステム開発にはそれなりに時間がかかりますが、システムを設計して実装するためには専門知識や過去の経験がなければできません。特にシステム開発の専門知識は先端医療と同じように日進月歩で、日々の情報収集やテストを繰り返して初めて実現できるものです。しかし多くのクライアントは「何日でできますか?」と訊き、「じゃあ工数は〇〇人日なのでこの値段でいいですね?」とバカみたいに安い値段で契約しようとします。冗談じゃありません。「それならご自分でやればいいんじゃないですか?」と何度も口から出そうになりました。

仕事を誰かに依頼するということは、”自分にはできないことだからやってもらう”のです。時間の余裕もあって自分でできるならお金を払って他人に頼むことはないはずです。自分にできないから専門知識や技術を持った人にやってもらおうというときに、アルバイトのような時給で誰が請け負うでしょうか?普段からあなたに仕事を依頼してくれる得意先だって、あなたの専門知識や会社の人脈をアテにして依頼してくるはずです。それを「じゃあ最低賃金の時給1,000円ね」と言われたらあなたはどう思いますか?「冗談じゃねぇよ!」と思うに違いありません。なのに、あなたが仕事を依頼する時にはどうしてそういったことに思いが至らないのでしょう。

誰だってタダ働きはしたくありません。