みんな違ってみんないい、No.1にならなくていい、人それぞれに良さがあると人は言うけれど、日本人は最後になると必ずNo.1を決めたがって猛烈に順位に執着します。

かつて日本には2万以上もの城があったといいます。今でも復興したものを含めると天守閣のある城は90ほどもあるらしいのですが、今までボクが訪れたことのある城だけでも20ほどになります。家に近いところでは、後北条氏(鎌倉時代の北条政子の家とは別)の北条早雲を祖とする小田原城がありますが、そのすぐ裏山には秀吉が小田原攻めの際に作ったという「一夜城」(石垣山城)や箱根を越えた三島市には小田原城の出先ともなっていた山中城もあります。今では小田原城以外の2つは城址の石垣や堀だけが残るに留まっていますが、天守などなくても一度訪れればその防御性能には驚かされるものがあります。

ボクは国内旅行に出かければ時間がある時には旅先でもお城に行ってしまいます。姫路城、大坂城、松本城、名古屋城、熊本城などの有名どころもあれば丸亀城や伊賀上野城、会津若松城(鶴ヶ城)、那覇の首里城や勝連城跡なども風情があって素晴らしい城でした。今度は是非、静岡にある駿府城にも行ってみたいと思っているのですが、今まさにお城の発掘調査を行なっているのでいつになるかはわかりません。

先日、NHKで「日本最強の城」という番組をやっていたのでネット飲み会をやりながら見ていたのですが、ここでも素晴らしいお城が紹介されていました。もっとも”最強”といっても戦をやった時の強さだけではなく、今の観光地としての魅力を含めた観光資源としての魅力を含めたものでした。

そのこと自体にはなんの異論もないのですが、それぞれの城や城下町にはそれぞれの魅力があって土地の名物料理もさまざまです。それぞれが魅力的ですべての城に行ってみたいと思わせるものなのですが、やはり御多分に洩れず最後には「ではこの中で最強の城はどれでしょう?」などと言い始めるのですっかり興醒めしてしまいました。だって「みんな違ってみんないい」のですから。

でもあえて言わせてもらうなら、自然界のすべての生き物はみんな生き残るためにNo.1を目指しているのです。それは餌を確保するためだったり天敵から身を守るためだったり子孫を残すためだったりするのですが、そのどれもが「No.1にならなくてもそれぞれの個性が一番!」などとは考えていないはずです。だって事は自分の命に関わるのですから。

ところが最近の人間の世の中ではよくわからない”多様性”というものを殊更に取り上げて「ダメでもいいんだ」と言い始めるオトナが増殖していることにある種の気持ち悪ささえ感じます。もちろん人間性の良いところは他の生き物にはほとんど見られない「助けあって生きていける」事ですから、それぞれの強みや優しさを持ち寄って社会を形成していくことには何の異論もありません。ただそれは「みんな違っていた方がいい」というだけの単純な話ではないと思うのです。何というかお互いの良さに価値観を見つけ出すことこそが大切なのであって、「他人と違っていればそれでいい」という短絡的な教育方針にはどうしても納得できないボクなのです。