何をするにもすぐに「面倒くさい」と言う人は大抵の場合だらしがないものです。

歳をとると男も女もすぐに「面倒くさい」を連発するようになります。それは加齢のせいで若い頃のように体が思うように動かなくなったりあちこちが痛くなったりしたせいもありますが、すぐにそんなことを言う人はほとんどの場合、若い頃から何にでもすぐに「面倒くさい」と言って何もしてこなかったのです。だからそのまま歳をとって性格が改善するはずもなく”面倒くさい症候群”は治らないというわけです。

でも何にでも面倒くさいと思うからといってすぐに本人が困るわけではありません。食事を作るのが”面倒くさい”からカップラーメンを食べたからといってすぐに健康被害は出ません。面倒くさいからといって、食べたカップラーメンの汚れた器をそのままコタツの上に放置しておいても一人暮らしなら誰に迷惑がががるわけでもありません。でもそれが毎日毎日続けばやがてコタツの上はカップラーメンのゴミだらけになって自分が食べるスペースもなくなってきます。

仕方ないからといって今度は机の上で食べるようになります。食べた後のゴミはそのまま放置します。捨てるのが面倒くさいのです。やがて机の周りもゴミだらけになります。そして今度は台所で立ったまま食べるように…。そんな人はカップラーメンのゴミだけでなくあらゆるものを片付けるのが”面倒くさい”ので部屋の中はやがてゴミ屋敷のようになっていきます。そうなってから一気に片付けようと思っても、それこそ面倒くささは100倍です。

出せば出しっぱなし、使えば使いっぱなし、やればやりっぱなし、脱げば脱ぎっぱなし、食べれば食べっぱなし…。洗濯や掃除はおろか洗い物すらやることなくシンクの中は汚れっぱなしの食器や鍋が山のように溜まってしまいます。洗濯をしないのでやがて着るものもなくなり、生協で下着を買うようになります。洗濯機はあるものの洗濯槽の中は汚れたパンツやシャツが山のように積みあがっています。これではもはや洗濯などできませんが、そもそも洗濯などする気もないので困りもしません。洗うのは洗濯機がやってくれてもそれを干すのは果てしなく面倒くさい作業です。「自動洗濯物干し気ないかなぁ〜」などと思って乾燥機まで買ったものの乾いた洗濯物を畳んでタンスに仕舞うのはさらに面倒くさい作業です。

最初はほんの少しのことだからそれにかかる時間も手間もちょっとだけです。でもそれが何十回、何百回分になれば途方もない作業になります。とくに年寄りになればなんでも面倒くさがるようになります。若い頃から「面倒くさいことはその都度、こまめにやっておく」ことが習慣になっていない人は特にその傾向があります。若い頃は奥さんが全部やっていてくれていても、妻に先立たれて一人になってしまえば誰もやってくれません。掃除も洗濯も洗い物も自分がやらなければまったく終わりません。

家を出るときにコタツの上に置いた使い終わったコップは、12時間後に部屋に帰ってきた時もそのままその場所から1ミリも動くことなくその場に置かれたままです。誰も片付けてはくれません。でも歳をとると感覚も鈍くなるので何も感じないのです。そんな部屋を他の人が見れば「ダラシがない」と思うでしょう。でも自分ではだらしなくしているつもりはないのです。使い終わったコップが一つテーブルの上に残っていたとしても「だらしがない」とはあまり思いません。ではそれが2つだったら?3つだったら?テーブルの上が汚れた食器でいっぱいだったら?どれくらいになったらだらしなくなるのでしょう?大抵の人は他の人から”だらしない”と思われたくはないはずです。

あなたはどれくらいになったら”だらしない”と感じますか?あなたが他の人の部屋を見た時にはどう思いますか?感覚は何歳になっても研ぎすませておかなければすぐに錆び付いてしまうものなのです。