「一円玉を作るのに三円かかるって知ってる?」「そうなの〜?」

不動産関連会社・東急リバブルのテレビCMの一部です。これは不動産取引とは何の関係もありませんがお金(キャッシュ)を作るには経費がかかるということを端的に教えています。お金のために(無駄な?)お金をかけるとは何とも逆説的だと思いませんか? もちろん人間が商取引に物々交換でなくお金(通貨)を使うようになって取引が活発になりたくさんの人が恩恵を受けるようになったことは確かですしその概念は経済学でも語られています。

最近では以前から使われていたクレジットカードに加えて非接触のICカードやスマホを使ったキャッシュレス決済が盛んに行われるようになりました。ボクも10数年前からモバイルSUICAやEdyなどでキャッシュレス決済を使っていますが、神奈川県の西部から3時間近くかけて埼玉県に近い東京都北部まで電車通勤していた時も、家を出てから帰ってくるまで財布を忘れて出かけたことに気づかないくらいにキャッシュレスの恩恵にあずかっていました。

今は都会への通勤がなくなり郊外の地方都市での生活が主になったため、キャッシュレスが使えないことも多く現金を使わざるを得ないことも多くなりました。それでもスマホやクレジットカードで決済できるところでは数百円の支払いにもキャッシュレスを使っています。おかげで今財布の中に現金がいくら入っているのかはあまりよくわかりません。

”クレジットカード”というとボクらの親世代(昭和一桁〜10年代生まれ)の人たちにとってはウサン臭いものだったようです。同じように通信販売なども”アヤシイ”ものとして「そんなものは使うべきじゃない!」と厳しく躾けられました。まぁ当時は確かにウサン臭い業者も多かったようですが、平成〜令和の時代の現代ではネット通販でクレジットカード決済などもはや当たり前のことになりました。逆にネット通販もキャッシュレス決済も使えなくなったら何と不便な世の中になってしまうでしょう。

「現金で払わないといくら使ったかわからなくなる」と心配する人が一定数いるのは確かです。スーパーのレジなどでも財布の中にクレジットカードがあるにもかかわらず半数以上の人は財布の中からお札や小銭を取り出しています。目が悪くなった高齢者などはそのために「これは百円玉かしら?」などと店員に尋ねたりする始末です。それでいて「お釣りが間違っている!」などと自分の数え間違いを棚に上げて店員に食ってかかる光景は日常茶飯事です。

そもそも話をすれば”キャッシュレスだからお金の管理ができない”のではありません。現金主義だろうが何だろうが、お金の管理ができない人は元々お金の管理ができていない人だったのです。そんな人は最初から自分の財布の中にいくらお金があるのかに頓着しない人なのです。支払う段になって払うべきお金がないことに気づいて初めて「お金がない!」とわかるだけです。ただ問題はそんな人がキャッシュレス(クレジットカード)を使うと手持ちの現金がなくてもとりあえず払えてしまうことなのです。だからクレジットカードの請求が来て初めて銀行にお金がないことに気づいて慌てるのです。もっともそんな人はプリペイドの電子マネーやデビットカードだけを使えばいいだけの話です。

つまり何かを買う時には「自分がいくら買ったか」を常に意識しておかなければならないのは未就学の子供でも大人でも同じことです。それを意識することが難しいのなら禁治産者と同じです。認知症でそれがわからなくなってしまいそうなら家族や身の回りの信用できる人に管理してもらうしかありません。

すべからく「管理する」ということの基本は、データを整理して「見える化」することです。「自分が使えるお金を見える化する」のは子供の頃に口うるさく言われたお小遣い帳をつけることに他なりません。日常生活でいえば家計簿をつけることです。そういうとすくに「めんどうくさい」という声が聞こえてきそうですが、お小遣いすら見える化できない人は絶対に何につけても管理することなどできないのです。