先日、NHKの「日本人のお名前」というバラエティ番組を見ていたら、今年のNHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の中の北条氏の話題になりました。北条氏といえば神奈川県では坂田金時(金太郎)二宮尊徳(二宮金次郎)と並んで三大有名人なのですが、大河ドラマの中で北条時政が名乗るときに「北条の時政にございます」と言っていたのを取り上げて「お名前研究家」の先生が「北条は”名字”であって”姓”ではないからちょっとおかしいのだけれど、平安時代末期には姓と名字が混同されたりして混乱していたらしいのでそんなことがあったかもしれない」と話されていました。

ボクは今まで”姓”と”名字”は同じものだと思っていたので早速国語辞典を引いてみたのですが、やっぱり辞書にも「姓と名字は同じもの」だと書いてあります。ところが前出のお名前先生によれば、「”姓”は朝廷から授かった正式なもので、”名字”は自称」なのだというのです。だからそれらを区別するために姓の後ろには”の”を入れる習わしがあったのだといいます。確かに「源(みなもと)」も「平(たいら)」も「藤原(ふじわら)」も源頼朝(みなもと”の”よりとも)、平将門(たいら”の”まさかど)、藤原清衡(ふじわら”の”きよひら)とやっぱり”の”が付いています。

かつては大化の改新で有名な中臣鎌子(なかとみのかまこ)(のちの藤原鎌足(ふじわら”の”かまたり))も今際の際で天智天皇から「以後、藤原と名乗れ」と言われたのだとマンガで読んだし、万葉集で有名な大伴家持(おおとも”の”やかもち)も「大伴氏」自体は5世紀頃から実在が確認されているというのですからそれなりに由緒正しい「姓」なのでしょう。そもそも中臣鎌子自身も大伴の血を引いていると言われています。

その中でも三浦半島一帯を収めていた三浦一族の家臣・三浦義村役を演じている俳優の山本耕史さんが劇中で「三浦義村(みうらよしむら)にございます」と言ったら、ドラマの時代考証担当の人から「そこは”の”を入れてください」と言われたというのだから面白いものです。まぁ混乱していた時代だというのですから演出上はその方がいいと判断されたのかもしれません。

源(みなもと)も平(たいら)も朝廷(天皇)から授かった姓だというのですが、鎌倉時代とは直接関係ありませんが江戸時代の徳川家康も名字は「徳川」ですが、家康自身は「オレは清和源氏の血筋だ」と言っていたそうです。ではこの「清和」は何かといえば9世紀に即位した第56代天皇の「清和天皇」から授かった姓だというのです。そっかぁ、だから清和源氏かぁ。一方の平将門は「桓武平氏」。8世紀の第50代天皇「桓武天皇」を起源とする平氏だったとのこと。真偽の程はよくわかりませんがそれなりに歴史が長い国にはさまざまな言い伝えがあるものです。平城京や平安京の”平”もこれが起源だという説もあるのだそうです。

では何のために正式名ではない”名字”を名乗ることになったのかといえば、そこらじゅうが源や平、藤原、橘(たちばな)という名前になってしまうと「どこの藤原?」ということになってせっかく自分が戦で活躍した時も上司の印象も薄いので、土地の名前で「北条」とか「伊東」という名字を名乗ったというのです。さもありなん。

ここで気になるのは坂田金時(さかた”の”きんとき)です。足柄山の金太郎の「坂田」は天皇(大和朝廷)からもらった名前なのでしょうか?そこまでは調べきれませんでしたが、これはきっと坂の近くにあった田んぼから名乗った新しい名字なんだろうなぁ。