「予断することなく…」とは政治家や官僚がよく口にする言葉だ。予断とは字の如く「あらかじめ判断すること」だ。そのことの何が悪いのか? 少なくともボクは普段の生活の中で多くを予断している。何をする時も「たぶんこうなるんだろうなぁ」と思いながら行動している。そして大抵の場合、その判断は当たっていることが多い。

そりゃそうだ。生まれてこのかた、何十年もたくさんのことを経験してきた。もちろんこれから初めて経験することがないわけではない。でも大抵のことでは似たような経験をしていたり常識で判断できることは少なくない。似たような経験をしたことがあれば前回と同じような結果になることは容易に想像できる。

ところが自分が「あたりまえ」だと思っていたり「考えなくたってわかるよ」と思っていることでも実際にやってみると想像とは正反対の結果になることもある。そんな時にいつも思い出すのはサッカーのJリーグが発足するときに営業で全国を廻っていた時のことだ。当時は10チームほどがJリーグへの参加を表明しており、ボクは東海道新幹線の新横浜駅前に建設中のホテルの営業部に所属していた。

近くには「横浜国際総合競技場」が建設中で、完成した暁にはJリーグの試合も行われることになっていた。発足当初のJリーグには東京(読売クラブ)、埼玉(三菱自動車)、神奈川(日産自動車、全日空)、茨城(住友軽金属)、千葉(JR東日本古河)、静岡(清水FC)、愛知(トヨタ自動車)、大阪(パナソニック)、広島(マツダ)の10チームが試合のたびに新横浜にもやってくることになっていた。そのチームの宿泊契約を取ろうとしていた。

全国からやってくるチームが新横浜に泊まるのは当然としても、練習場や寄宿舎が新横浜から車で10分ほどのところにある日産フットボールクラブはおそらく新横浜には泊まらないに違いない、とボクは”予断”して営業に行くのを後回しにしていた。そしてそれ以外の9チームは順調に契約が取れた。

その頃、日産フットボールクラブから1本の電話が入った。「うちも試合の時には新横浜に泊まりたいんだけど…」。その電話を受けたのはボクの直属の上司だった。怖い顔でボクをデスクに呼びつけて言った。「お前、日産に営業行ったか?」「あ、いや、明日行こうかと…」「バッカヤロー!!!」

予断は自分の知っていることでしか判断できない。自分の常識や思い込みでしか判断できない。だから自分が知っている以上のことは決して生まれてこない。「きっと営業したって意味ない」と思っていたボクは勝手に優先順位を下げて営業していなかった。それで危うく年間に数千万円の売上をフイにするところだった。やってみなければわからないことはいくらでもある。自分が想像していなかったことだっていくらでもある。ボクはあれ以来、勝手に予断することだけは絶対やめようと心に誓った。でも何十年も経って、気がつくとやっぱり予断している。悪い癖というのはなかなか抜けない。