ボクが子供の頃のテレビやラジオはスイッチを入れてもすぐには音が出なかった。テレビなどはスイッチを入れてから2〜3分経ってからようやく音が出始めて画面が映るといったものだった。それが普通の家電製品で真空管を使ったものは例外なくそうだった。真空管とは若い世代の人は知らないかもしれないが、トランジスタが開発される前の電子部品だ。中が真空になったガラス管の中に数々の部品が組み込まれていた。

真空管やトランジスタは主に増幅回路などに使われていた。プレートとカソードと呼ばれる電極の間に比較的強い電圧をかけ、そこを流れる電流をグリッドと呼ばれる網のような電極にかけた電気信号で妨害してグリッドの信号を増幅するものだ。電気信号を増幅する原理は真空管もトランジスタも似ているがその大きさは全く違っていた。

真空管ではプレートに流した電流を真空のガラス管の中をカソードまで”飛ばす”ためにプレートを電熱器で熱くする必要があった。プレートを温めないと電流が流れないので、電熱器が温まるまでの時間が必要だった。それが真空管が立ち上がるまでに時間がかかる理由だ。家の台所でもレンジにヤカンをかけてからお湯が沸くまでにはそこそこの時間がかかる。

その頃にはSONYなどが「オールソリッドステート」と呼ばれるトランジスタラジオを発売していたが、テレビや据え置き型ラジオ、レコードプレーヤーにはまだまだ真空管を使ったものが多かった。だからスイッチを入れてから使えるようになるまでは誰もがじっと待っていたものだった。

今のパソコンの中身は真空管どころかトランジスタさえほとんど使われていない。ICやLSI、超LSIなどの集積回路が所狭しとぎっしり詰め込まれている。ボクが今使っているパソコンは2年ほど前に買い替えたものだが、買った当初はスイッチを入れた瞬間にディスプレイが明るくなり10秒もすれば使える状態になっていた。
ところが2年間の間に経年劣化もあるだろうが、数々のソフトをインストールしたりして記憶容量も増えたせいかスイッチを入れても数分間は使える状態にならなくなった。だから使いたい時には数分前からスイッチを入れて待つ必要がある。まさに昔ながらのなかなか立ち上がらないラジオやテレビのようだ。

ちょっと前まではなかなか立ち上がらないパソコンにイライラしたりしたものだが、最近では「真空管みたい」と懐かしい気分になってのんびりと待っていられるようになった。だって立ち上がらないものにイライラしたところで埒が開かないのだから。それでも使い始めてからキーボードの反応が遅かったりするとイラッとすることがないわけではない。でも段々と老いてくると「昔の真空管はこんなもんじゃなかった」とせっかちな自分を宥めるようになれたことだけは自分も進歩したのかなと思ったりするのである。