”平均”というのはとても便利な概念であり数字だ。たくさんの異なるデータが集まっているときに、「だいたいどれくらいなの?」ということを知るのに平均はよく使われる。なんとなく全体の真ん中という感じはするが、実は”真ん中”を表すには「中央値」というものがある。

平均点、平均身長、平均体重、平均年収、平均単価、平均距離、平均速度などなど…。世の中は平均に満ち溢れている。平均を知るとなんとなく「普通はこれくらいか」と感じることができる。でも必ずしも自分が平均であるとは限らないし平均的な人がたくさんいるわけでもない。

「平均思考は捨てなさい」という本がある。ボクは数年前にこの本を読んだとき、「そうだよなぁ」といたく納得した。それはアメリカ軍が戦闘機のコックピットを設計しようとしたときのことだ。数千人のパイロットの身長、体重、足のサイズはもとより、指の長さや太さを一本一本まで精密に測って平均的なパイロット像を導き出した。

ところがそのデータに沿って設計されたコックピットで快適に過ごせたパイロットは一人もいなかったという。つまり平均的な体型のパイロットはいなかったというわけだ。それはそうだろう、全体(平均)としては適合していても自分がそれに当てはまるかどうかは別の話だ。自分の周りを見回しても、「それ普通じゃないでしょ」という人はよく見かけるが”完全に平均的な人”はいない。そもそも体格はともかく、”平均的な性格”などどうしたら見つけられるのだろう。

そういえば先日、こんな話を聞いた。自動車などの安全性を検証するための衝突実験に使われるダミー人形の規格は古くからほとんど1種類なのだそうだ。そしてこれは平均的な成人男性に合わせて作られているという。それを車のシートに乗せてシートベルト を締めて衝突実験をするわけだ。体格も体重も強度も平均的な成人男性を模して作られている。

運転席にも助手席にも同じものを乗せて実験をする。車の設計者はどの結果を見てシートベルトの位置、エアバッグの膨らみ方、内装の柔らかさや硬さも成人男性の平均に合わせて作る。だから運転席でも助手席でも後部座席でも事故が起きたときの女性の死亡率は高いらしい。それはそうだろう。男性に合わせて作られているから、”平均的に”体格が小柄な女性の安全対策には不十分というわけだ。最近の状況はわからないが少なくとも10数年前まではそうだったらしい。

”平均”は便利な概念であり数字だ。ボクたちも普段の暮らしの中で平均を考えることは多い。でも昔から言われるように「平均的な人間などいない」ということは常に頭の片隅に入れておかなくてはいけない。誰もが均一化され平均的な人間ばかりを増産しようとする社会であればあるほど、個性とは別の意味で「みんな違うのだ」ということを認識することが大切なのだ。