自分が半年後にどこで何をしているのかまったく先が見えずに不安を感じた時期があった。今となってはちゃんちゃらおかしい話だが、中学3年生のお正月に翌月に公立高校の受験を控えて、「もし入学試験に落ちたら半年後に自分はどうしているのだろう」と漠然とした不安に陥ったことがある。

小学校中学校を家の近くの公立学校で過ごしたボクにとって高校受験は人生最初の受験だった。「将来の夢」などという大層な話ではない。単なる公立高校の入学試験である。中学校では偏差値から「この学校ならまず大丈夫!」と言われていたし入学試験など通過儀礼みたいなものだった。

結局、既定路線をなんとなく通り過ぎてなんということもない生活を送ることになるのだが、そういう経験を積み重ねていくことで、「あー、たぶんこの先もなんとなく惰性で生きていくことになるんだろうな」と思うようになる。

ボクの破茶滅茶人生は大学を中退してから始まった。就職してからはいろいろな仕事を経験した。それは電線製造会社だったりアウトドア用品の販売店だったりした。

もっとも日本の会社はどこでも”就職”ではなく”就社”なので、何か特定の仕事につきたいからといって入社しても、必ずしもその仕事ができるわけではない。最初に入った会社ではコンピュータ室に配属されたものの電線を作ったり加工したりする製造部や資材管理、品質管理、外注管理、製造工程管理など、いろいろなことを経験した。

その後、アウトドア用品のお店で接客業に就いたことから接客が面白くなりホテルに転職したりした。ある時、またコンピュータのシステム開発がやりたくなってシステム会社に入ったが、実際の仕事は入社面接の時の話とは全然違ってソリューション企画というコンサルタントのような仕事だった。結局その流れで大手印刷会社のソリューション企画事業部に籍を置くことになった。

結果的には世に言う「職を転々として…」と言う状態だったが、ホテルには10年以上勤めたし印刷会社では15年以上も在籍していた。だから常に半年後の自分の姿を想像して不安になったりしていたわけではない。しかし中学生の時に感じた「ちょっとしたボタンのかけ違いで人生はとんでもない方向に進んでいくのかもしれない」という想像は間違っていなかったのかもしれない。

そんなボクは今、10年、20年先のことを現実的に考えることに向いていないのかもしれないと思い始めている。