「一番痛いのを10として今はどれくらい痛いですか?」

医者や看護師が患者に今の痛さの度合いを尋ねるときにしばしば使うセリフだ。でもそんなセリフを聞くたびにボクはおかしな感覚に襲われる。痛さの感覚は人によって極端に主観的なものだ。「10の痛さ」は人それぞれに違う。先生か思う10の痛さと患者が感じる10の痛さはきっと違っている。

今のボクにとって10の痛さは、歯が割れたときの痛さだが、たぶん戦場でロケット弾で脚が吹き飛ばさらたり内臓がグチャグチャに飛び出してしまったときの痛さは経験がないからわからない。

だからその人の感じる痛さは過去の経験のよるのだろうと思う。不幸にして過去にものすごく痛い経験をしたことのある人は痛さの許容量が大きいのではないかと思う。「あのときの痛さに比べればまだ我慢できる痛みだな」と思うかもしれない。だから痛みの基準は個人差が大きいように思う。

最近では新型コロナワクチンを接種した人が、「腕が痛くて寝られなかった」と言っているのをニュースで見かけたりするが、注射を打ったくらいで「寝られないくらい痛くなる」とはボクにはにわかには信じられない。もっともボクはまだ接種していないので偉そうなことは言えない。実際に打ってみて「死ぬほど痛かった」らすぐに考えを改めるだろう。経験がすべてなのだからこればかりはなんともいえない。

痛さには人それぞれに耐性があると思う。ちょっとツネられただけで大袈裟に騒ぐ人もいれば殴られてもあまり痛がらない人もいる。ドアに指を挟んだりすれば痛いに違いない。思い出すのは中学生の時、友達と連れ立って学校から帰るときに、友達の一人がふざけて昇降口の鉄でできたものすごく重い扉を外から押さえて開かないようにした。

ボクらは「ふざけんなよ!」と言いながら強引にドアを押し開けた。そのときドアを押さえていた友人の脚がもつれて転びそうになり、ドアの蝶番部分を掴んだ。そのとき勢いでドアが閉まり、友人の指がドアに挟まって押し潰された。そのとき挟まれた友人は「…うがっ」と悶絶して気を失ってしまった。そのときの痛さはボクにはとても想像できなかった。

女性は人生の中に出産があるから生まれつき痛さには強いのだと聞いたことがある。その点で男は大したことない痛みでもピーピー泣き叫んだりするのだという。ボクは子供を産んだことがないのでわからないが、出産をすぐ近くで見ていると「これはボクには耐えられないかもしれないな」と感じるほど苦しんでいる。それを見ると「女は強いな」とつくづく思う。

痛さの度合いはおそらくその人にしかわからない。そしてそれはとても他人に説明できるものではないのだろうと思う。