お江戸日本橋が首都高速の”ガード下”になってしまおうが、「お国のため」という大義名分を持ち出されると日本人は、「嫌だけどしょーがねぇなぁ」と言いながら我慢する。新型コロナで「営業するな」「酒を出すな」と言われれば、「潰れちゃうかもしれないけど、しょうがないね」と言って我慢する。

お上の大義名分に弱い国民だからというのもあるが、世界でもかなり我慢強い国民なのではないかと思っている。海外のニュースなど見ているとアメリカやアフリカ、ヨーロッパではすぐに暴動になる。でも日本では海外のように暴動や略奪が起こらない。デモでちょっと行きすぎることはあっても略奪が起きることは滅多にない。ボクが覚えているのは50年も前の日米安保闘争だ。

しかし腹の底では誰もが”ガマン”しているのだ。決して日本人が品行方正だからではない。悪い奴はたくさんいる。その証拠に毎日、日本中で小汚い犯罪が起きている。悪いことをガマンできない人(?)はそれなりにいる。

犯罪というわけではないが、コロナ禍になって緊急事態宣言などが出ると「ガマンできない人」が浮き彫りになる。それはお母さんの言いつけを守らないで暗くなるまで遊び呆けている子供と同じレベルも含めて、「ガマンできない人発見機」の役割を果たす。飲み会がガマンできない人、旅行がガマンできない人、外出や買い物がガマンできない人、おしゃべりがガマンできない人など様々だ。そんな人たちにとって不要不急かどうかなどお構いなしだ。

ガマンできないのは決してその人に悪意があるからではない。もともと「ガマンできない性格」なのだ。そういう風に生きてきたのだから”しょーがない”。だからといって我慢できる人が取り立てて偉いわけでもない。我慢できる人はさしてストレスを感じながら歯を食いしばってガマンしているとも限らない。多少のことはガマンするのがアタリマエになっていたりする。

だからガマンできないで好き放題やっている人を見てもその心理がわからない。解らないでいて、「なんでガマンできないんだろう」と思う。だからといって腹を立てるわけでもない。腹は立てないが「しょーもない連中だな」とちょっと小バカにして侮蔑している。