神代の昔、日本列島を作ったイザナギとイザナミの子に天照大神(アマテラスオオミカミ)という女神がいた。日本の天皇家の祖先と言われており、伊勢神宮にお祀りされている。ある日、弟で乱暴者の須佐男(スサノオ)が悪さをして侍女の一人を殺してしまったことに腹を立てて岩屋の奥に引き篭もってしまった。

それ以来、太陽神である天照大神が隠れてしまったので、この世の中は闇になってしまった。みんなは困ってしまって天照大神を外に引っ張り出すにはどうしたらいいかを相談した。その時、誰が思いついたのか、「みんなが岩屋の外で楽しく踊っていれば彼女も自分から出てきたくなるんじゃないか」というアイデアだった。

その思惑は大当たりして天照大神は天の岩戸から出てきた。そして世の中は再び明るくなったというようなお話しである。ここまでは誰もが知っているお話しで、日本書紀や古事記にも書いてある。

もうずいぶん前から都会への人口集中と地方の過疎化が問題になって久しい。コロナ禍で地方への回帰が進むかと思われた東京への一極集中も思ったほど進まず、地方の過疎化には歯止めがかからないでいる。各地でも指を咥えて見ているだけでは限界集落はますます増え、絶滅する集落も一層増えていくだろう。

そこで各地でやってきたのは「町おこし」「村おこし」だ。学校を出て都会に出て行ってしまった若者をもう一度故郷に呼び戻そうという取り組みだ。自分が生まれ育った故郷には誰だって愛着がある。幼なじみだってまだ残っているだろうし、何より大都会にはないのんびりした自然や人情がある。

だからそこで、みんなで楽しくやってれば都会に出てしまった若者も、「なんだべ?」と思ってみんな故郷に帰ってくるはずだ、というのがこれまでの「町おこし」「村おこし」のコンセプトだったし今でも大して変わらない。つまり「天の岩戸」あの原理なのである。こういった考えは1300年経った今でもほとんど変わっていない。

ところが一度大都会で暮らしてしまった若者はなかなか故郷の田舎に戻る気にはなれない。便利でお洒落でカッコイイ(と思っている)都会を離れて、再び不便でお洒落ではない田舎に帰っていいことはないと思い込んでいる。そんな都会暮らしに打ちひしがれて故郷に戻ろうと思えるのは老人になってからだ。

「自然の中で過ごしたい」という若者だって、電気もネットも使える「便利な田舎」に憧れてキャンプに出かけたりしているが、不便で虫や蛇が出るようなところには行きたがらない。「エコな生活」のためにエネルギーをバンバン浪費しても不便な生活などマッピラなのである。

都会に住む人も都会に出てきた人も、現代の日本人の体質が変わらない限り、持続可能な社会の実現など絵に描いた餅なのではないかと思っている。