いらないもの

子供の頃は観光地に行けばどこでもキーホルダーやペナントを売っていた。ペナントとは観光地の名前や風景写真などが描かれた三角形の旗のようなもので、家に帰って部屋の壁に貼って眺めるものである。実用的な価値は、ない。

キーホルダーはご存知のように家の鍵や車のキーなどをまとめておけるアクセサリーでかさばらないのでお土産に重宝したものだ。当時は机の引き出しなどを探せばいくつも見つかったものだが、普段使われるのは1種類だけであった。最近では自動ロックのマンションや車もキーレスエントリーなどが増えてきてこの先どうなっていくのかはわからない。僕はもう20年も前から、螺線形になった金属のリングに鍵を付けて使っている。キーホルダーは持っていない。

副産物というのだろうか?何かの商品などから派生してアクセサリーとして使われるものはいくつもある。携帯電話が全盛だった頃にはキーホルダーに代わってケータイストラップがお土産の定番になった。でも普段付けていたのは自分が気に入って買ったものだった。そしてケータイに代わってスマホ時代になると「ポケットやバッグの中で液晶画面やボディが傷つく」と嫌われて一気に廃れた。今はスマホケースが大人気である。

こうした流行の影にある副産物の運命はあっけない。ブームが去れば「もう使わないよね」ということになる。かつて何十個も溜まっていたキーホルダーはいつの間にか全部捨ててしまった。ケータイストラップはまだマシだ。今でも気に入っていたストラップはバッグや先述のキーリングに付けて使っている。それに比べてスマホケースは悲惨である。本体がモデルチェンジして寸法やボタンの位置が少しでも変わったらタダのゴミである。これはひとえに汎用性があるかないかの一言に尽きる。ストラップは機種を変えても付け替えて使うことができたからだ(やるかどうかは別にして)。

副産物でないものも時流の変化によって極端に変化する。カメラはスマホのカメラが圧倒的なのでコンパクトデジカメもかなり下火である。そもそもカメラがデジタルになって世界的なフィルムメーカーだったイーストマン・コダックは潰れてしまった。日本の富士フイルムもフィルム事業からほぼ撤退を余儀なくされた。国内ではブラウン管のテレビやディスプレイを見ることもなくなった。

何かに依存することはラクである。大手や親会社の下請けでいることはラクである。営業努力をしなくても安定した受注がもらえる。しかし今の時代、何かに大きく依存した状況は大きなリスクになる。1社からの受注額が17%を超えたら黄色信号と言われる。30%を超えれば危険水域に入る。ある日その注文が途絶えれば即座に売上が30%減ることを意味している。しかし人はネガティブな事態を想像しないものである。不安になりたくないからだ。しかし事実は変わらない。

一眼レフカメラがまだフィルムだった頃、水中写真をポジフィルム(スライド)で撮っていた僕はポジフィルム用ルーペをいくつも持っている。それでポジフィルムを見ることはもうほとんどない。今では老眼鏡ですら見えない細かい字を読む時に重宝している。時代は猛烈な速さで変化する。