なぜそれをやるのですか?

■母のローストビーフ
こんな話を聞いたことがないだろうか?

私が幼い頃、母がローストビーフを作る時には大きな肉の塊の両端を2センチずつ切り落としていた。どうしてかと訊くと「昔、おばあちゃんがそうしていたから」だという。なぜだか知りたくなった私はおばあちゃんにも訊いてみた。おばあちゃんは「そりゃ昔からヒイおばあちゃんがそうしていたからだよ」と言った。

美味しい肉をどうして切り落としてしまうのか、私はどうしてもその訳が知りたくなってヒイおばあちゃんにどうしてそうしたのか聞いてみた。するとヒイおばあちゃんはアタリマエそうな表情を見せてから「そりゃオーブンに入れる時、皿に乗り切らないからに決まってるじゃないか」と言った。
今の我が家のオーブンは十分に大きいのに、母もおばあちゃんも訳もなく美味しいお肉を4センチも切り落としてしまっていたのだ。

■複雑になりすぎた対策
知らないうちに”目的”と”手段”が入れ替わってしまうことがある。かつての職場では何かミスが起こるとその再発防止策が提案されていた。大抵の場合、ミスを防ぐためにチェック体制を強化しようということになる。「一人だけでチェックしているからミスが起こるんだ」といえば「次回からチェックは二人一組で行うようにしよう」ということになった。それでも二人が同時にミスをして事故が起こると「別の二人がもう一度チェックするようにして二段階のチェックをしよう」ということになる。それでも心配があると「チェックした時にはチェック表に印を付けて誰がチェックしたのかを記録に残そう」ということに決まった。それでもやっぱり事故は起こった。担当者はいう。
「だってチェック表だって書いてるんですよ」
「まだチェック体制が甘いんだ!もっと回数と人数を増やすんだ」
もはや何のためにチェックしているのかわからなくなってしまった。チェック表に印を残すことが仕事になっている。ミスを探して防止することは忘れられてしまった。

■手段と目的の履き違え
笑い話のようだが実際に起こった話である。さすがに最近はここまでバカバカしい話はあまり見られなくなってきたが、仕事のプロセスが少し複雑になるとほぼ間違いなく起こっていることだ。例えばまちおこしのプロモーションを企画したとする。最初は「この町にまた人が集まるようになるといいよね」と始めたものが企業やデベロッパーの口車に乗せられて”地域振興””産業活性化”などというお題目で、関係もなかった都会からやって来た企業ばかりが儲けて一人勝ち、地域には何も残らずブームとともに企業が撤退するとそこに関わっていた地元の人も一緒にいなくなってしまう。残ったのはどうにも使いようがない箱物だけなどという例は枚挙にいとまがない。更に人はいなくなり集まってくる人など期待すらできない。こうなるともはや何をしたかったのかすら思い出せない。

■甘い話には
手段と目的を履き違えてしまうのは、もちろん最初の段階で意思の疎通ができていなかったことと”目的”を果たすとどんないいことがあるのかを理解できていないことも原因だが、多くはそれ以外の第三者が目的とは関係のない”自分の利益”を優先してプロジェクトを利用しようとしたことが最悪の結果を招くことにつながる。選挙のときには「地元のために…」と言っている政治家も、当選してしまえば自分と一族の権益にしか興味がなくなる。優しそうな顔をして甘い話を持ちかけるのには必ず裏がある。その裏には必ず持ちかけてきた本人の利益がある。それは金銭だけとは限らないがその人に有利にはたらく何かだ。だから甘い話の裏事情に自分自身が納得がいかないのなら積極的な行動を慎むべきなのだ。逆にそれが分かってなお自分にも利益があると思えば行動すればいいわけだ。

怒りや恐怖の感情だけに踊らされてはいけない。人が怒りや恐怖を煽るときには必ずその裏に意図がある。人を疑うばかりなのは悲しいが、そこにはウィンウィンという見つけにくい道が必ず残されている。それを一生懸命に探そうと思うのだ。