最近は人生100年と言われている。生命保険や投資信託などのテレビコマーシャルを見ても「資産作りが大切」と声高に叫んでいる。昔の保険のコマーシャルでも、♪よ〜く考えよう、お金は大事だよ〜♪ と言っていた。それはさておきボクたちは本当に100年も生きるのだろうか。

仮に長生きをして100歳まで生きたとする。生まれてから最初の数年は物心もついていないので人生の記憶がないのと同じだ。そして10代、20代と青春を謳歌する。この頃は人生も上り坂である。そして30代、40代、50代と仕事に明け暮れる生活が待っている。それも60歳くらいになると多くの人は仕事も下火になり少しずつ趣味などで自分の好きなことをする時間が増えてくる。さあこれからは悠々自適の毎日が始まる。Happy retirement!

ところがこの頃になると多くの親が80代になり、今までは「あんたたちには心配かけないよ」などと言っていたのが体の自由も効かなくなり痴呆が現れ始める。こうなるともはや一人暮らしも覚束なくなり介護が必要な年代だ。そんな時に「誰が介護するの?」という問題が親族の間に持ち上がってくる。「誰がって、あんた実の子供でしょ!」となるのが必然だ。

結婚して実家を離れて暮らすようになり、子育て、仕事、出世街道を邁進してきたのもいまは昔、年老いた親をなんとかしなければならないのは宿命だ。それでもお金があれば(だからお金は大事だよ〜)一部を誰かに依頼することもできるが、そろそろ定年も近づき年金が出るまでは霞でも食って生き延びなければならないとなれば霞を食べながら親の介護をしなくてはならない。どこがHappyなんだかわからない。

もちろん両親の介護に生きがいを感じるという仏様のような奇特な人もたくさんいるのだろうが少なくともボクにとってはHappyな暮らしではない。それはこんな生活がいつまで続くのか先が見えないからという現実もある。そんなことに残りのHappyな人生が浪費されていく。そしてやがてそんな生活に終止符が打たれる頃には自分も後期高齢者となって体の自由も効かなくなり、誰かの介護を受けるようになる。

そう考えると仮に人生が100年あって100歳まで生きたとしても、自分が思うような人生は60年がいいところかもしれないなと思うのである。しょぼくれた話でスミマセン。