とんかつ屋のカウンターでお昼ご飯を食べていると背後から大きな声で話すジイさんの声がする。あまりにも大声だったので振り返ってみるとそこには食事を食べ終わってなお大声でお喋りする二人組の老人の姿があった。

「いまだにマスクもしねーやつがいんだよな」
「ああいうのは非常識でしょーがねぇ」

と誰となくこき下ろしている。もうすっかり食事も終わっているのに本人たちもマスクはしていない。様々な感染防止対策が叫ばれて久しいが、結局のところなにが効果的なのかの決定打はない。決定打はないが感染症対策の基本である手洗い、うがい、マスクに効果があることは間違いないだろう。

もちろんこれさえやっていれば絶対に感染しないということはないが、やらないよりはやった方が感染のリスクは減らせるはずだ。満員電車や病人で混み合った病院の待合室もリスクは高いだろうがインフルエンザも今回のコロナウイルスも細菌でも、一匹でも体内に入ったらたちどころに染ってしまうものではない。

理屈はまったく違うが、精子だって一匹が子宮内に入ったからといってすぐに妊娠してしまうわけではない。卵子と受精するためには何千万、何億匹という精子が必要だ。細菌やウイルスも数が少なければ過度に恐れる必要はない。だから手洗いやマスクによって体内に入る絶対数を減らすことが効果的なのだ。

老人たちは相変わらず大声で話し続けている。飲食店でのアルコールを含めた飲食が感染拡大の元凶だと言っているが、ボクが思うに飲酒や飲食自体は感染とは関係ないのではないかと思っている。人が食事をする時に周囲に広く飛沫を撒き散らすとは考えにくい。食事の時は食べ物や飲み物を飲み込んでいるのだ。問題はおしゃべりだ。おしゃべりをすれば唾や飛沫が飛び散る。

一言もしゃべらずに会食をするのなら感染のリスクはそんなに高くないのではないかと思っている。もちろんお互いが近づきすぎず短時間での会食の場合だ。でも多くの人は誰かとおしゃべりがしたくて会食をする。昼間のファミレスはママや主婦たちの一大井戸端会議場だ。お酒など飲まなくても感染した人がいればあっという間に広がっていく。夜の街やお酒だけが原因ではない。

だからボクの背後でマスクもせずに大声で話している老人たちを見ると、きっとこの人たちはなにも考えず周りも見えていないんだろうなと思ってしまう。歳をとると周りが見えなくなるというが自分の姿もわからなくなってしまうのだろう。それなのに他人のアラだけはすぐに非難する。

やがて自分もこうなってしまうのかと思うと暗澹たる思いがした。「人の振り見て我が振りなおせ」とは昔から言われている。このことをいつまでも忘れないように生きていきたいと思っている。