今まで幾つかの会社で社員食堂(社食)」にお世話になってきた。そのほとんどは自社ビルの中にある食堂だったが、中にはデパートの中にホテルの開業準備室のブライダル予約サロンを出店していた時には他社(横浜高島屋)の社食も使わせてもらった。そこが今まで利用した社食の中で一番美味しかったのは皮肉な話だ。

先日のテレビ番組で、コロナ禍で企業のテレワークが一般的になって誰も会社に出勤して来なくなっても社食は必要なのか?という話をしていた。誰も会社に来なくなれば当然社食に来る人もいなくなる。仮に1〜2割の人が出社していたとしても恐らくそれだけで社食を経営していくことは難しい。

社食は企業からすれば福利厚生の一部だ。だから社食の運営資金の一部は企業が負担していることが多い。だから外の飲食店よりも安くて美味しいメニューを提供できる、と思われている。しかし今までそんな社食に出会ったことはない。さして美味しくもない決まり切ったメニューに外の飲食店並みの料金を払って食べていた。ただ社内にあるのでわざわざ外出する必要がないため、時間がない時には重宝した。

あんな社食ばかりを見てくると競争のない社会の腐れようを目の当たりにしているようで情けない気分になる。経済学でいう独占市場や寡占市場では「X(エックス)非効率」という現象が起きることが知られている。一番顕著なのはお役所だ。どんなに非効率でも他に取られてしまう心配がない。市民はどんなに時間がががる手続きでも役所の窓口に並ばざるを得ない。

社食も同じだ。出社する社員の数は簡単に予想ができるので料理を作りすぎて無駄を出してしまうこともない。料理が不味かろうと一定数の社員は必ず社食を使う。だから「もっと喜ばれる社食にしよう」とか「経費を削減していい材料を使って美味しい料理を出そう」とは思わない。これが「X非効率」だ。たまにテレビ番組などで「安くて美味しい社食」が紹介されるが、それはわざわざテレビで話題になるほど珍しいからだ。

社食には企業から見て幾つかの役割があるという。それは「福利厚生」「社員の健康管理」「社員同士のコミニュケーションの場」だという。仮にX非効率がなければ社員も福利厚生としての意味を感じるかもしれない。そして2番目の”健康に配慮した料理を提供することで健康管理”ができているかといえば、多くの料理は揚げ物やラーメン、脂っこいハンバーグなどである。

そして最後の「社員同士のコミニュケーション」はテレワークで社員が会社に来ないなら全く意味はなくなる。どれも大切だが出社する社員がいなければ今のままの社員食堂ではその役割を果たせない。福利厚生だけなら会社が飲食店の支払いを半分もつ「チケットレストラン」などの仕組みもあるが健康管理とコミニュケーションには役に立たない。

最近はあちこちで社食での三密が新型コロナの感染源の一つになっているという話も聞く。「新しい生活様式」の一つとして社員食堂もそのあり方を大きく見直さなければならない時期に来ているのではないだろうか。