以前に「鶏鳴狗盗(けいめいくとう)」というタイトルで「一見役に立ちそうもない特技を持っている人を大切にせよ」ということを書いた。念のために書くと鶏鳴狗盗とは、鶏の鳴き真似が上手い人と泥棒のプロのことである。しかし今回は”役に立ちそうもない特技”ではなく色々な特技を”浅く広く”持っている人の話だ。

世の中には色々なスペシャリストがいる。というより誰でも何らかのスペシャリストであることが多い。それを生業として活躍している。仮にそれがパートの仕事だとしてもスーパーのレジ操作のプロだったり商品棚に商品をうまく陳列するプロだったり、求人広告に「誰でもできる簡単なお仕事です」と書いてあっても実際にやってみるとそれなりのノウハウがあって”誰でも簡単に”できるわけではないことがわかる。

そんなスペシャリストに溢れている社会だが、逆にたくさんのことをそれなりに器用にこなす人は割と少ない。誰かに新しい仕事を頼もうとすると「それはやったことがありません」と断られることもある。やったことがなければ初めて経験できるいいチャンスじゃないと思うのだが、多くの人にとってはそういうわけではないらしい。

誰でも2度目から始めることはできない。初めてやることは常に初体験だ。人は未経験のことに手を出すことにはとても不安で臆病になる。「失敗したらどうしよう」「うまくできなかったら怒られるかもしれない」と思う。でも多くに人にとって初めてのことを上手くこなすことはできない。最初は失敗しながら経験を積んで次第に上手くこなせるようになる。

つまり初めてやることには失敗はつきもので、ある程度の失敗は周りも多めにみてくれるチャンスなのだ。失敗を繰り返しながら新しいスキルを身につけるチャンスだ。こんなチャンスはなかなかない。そういう覚悟でたくさんのことに取り組んでいくうちに色々なことが”そこそこに”できるようになってくる。

もちろんその道のスペシャリストになるには一つのことに時間をかけて深く取り組まなければならない。企業ではそういったスペシャリストばかりを育成して大事にしてきた。従業員は”会社の歯車”の一つになってそれだけを上手くこなせればいいという思想を今でもほとんどの経営者が持っている。

しかしスペシャリストも大切だが、時と場面によって色々な特技を使い分けられる人が重宝する。ちょっとしたことでその都度スペシャリストを探して雇っていては経費と時間がかかってもったいない。

アレもできるがこれもできるといったゼネラリストは色々な種類の経験をしているから、一見して関係のない分野を横断した柔軟なアイデアも出すことができたりする。組織はオールマイティな人材を確保しておくことで全体のコスト削減になるということを覚えておいても損はない。