いい加減な性格を言い表す時に「四角い部屋を丸く掃くようなやつだ」などと言ったりする。細かいところに気を使わずに目立つところだけを手当てしておけばいいと思う性格のことだ。しかし実際に部屋の真ん中だけを綺麗にしておけば汚れは目立たないのかといえば実際には正反対だ。部屋の隅のホコリや壁紙の小さなシミほど目立って気になるものである。

先日箱根神社の宮司さんがテレビで話していたが、掃除をするときには部屋の隅や窓の桟、廊下の端っこの細かいところほど取り分け念入りにやるべきだという。なぜならそういった場所が一番目につくからだ。実際に部屋や廊下の真ん中は普段から人も通るから汚れも少ないからあまり気にならない。一方で隅の方はホコリも溜まりやすい上に人の目が集中するところだ。

サッシの窓枠にたまった汚れは普段の生活の中で触れて服を汚してしまうことは少ない。しかしその汚れを見た人は「掃除が行き届いていないな」と感じる。試しに家の窓枠に溜まった埃の塊や部屋の壁紙の一番下にある巾木(はばき)に溜まった埃を拭き取ってみるといい。ほんの少しのことで「掃除が行き届いてるな感」が大幅にアップする。

だから掃除をするなら部屋や廊下の隅から取り掛かったほうが効率よく掃除をしているように見える。部屋の真ん中を掃除するのはさほど体験ではない。軽く掃除機をかけておけば汚れはあまり目立たない。気になったところがあればその部分だけを水拭きしたりすればだいたい終了だ。

ところがひとたび自分が部屋の真ん中に腰を下ろすと、今度は自分のいる場所のほんの少しの汚さに我慢ができなくなるのだ。髪の毛1本、綿ぼこり一つが気になって仕方がない。我が家の床は白っぽいフローリングである。だから髪の毛1本でも落ちているととても目立つ。逆に言えば目立つからこそこまめに掃除しようという気にもなる。お医者さんや看護師さんが白衣を着ているのと同じ理由だ。汚れを目立ちやすくしている。

一方で我が家の車は薄いブルーのメタリックだ。白や黒の車はほんのちょっとの汚れでも目立つが中間色のメタリックは多少汚れても気にならない。

それをいいことにうちでは年に1〜2回しか洗車をしない。今年も10ヶ月近くが過ぎようとしているが、コロナの影響で外出することもほとんどなく花粉や黄砂などの多少の汚れは雨で流されてしまうので今年になってからは1度も洗車していない。去年も秋口の台風の後に潮水を洗い流すため1度だけ洗車機にかけたきりである。これは四角い部屋を丸く掃くどころか「たまには洗車くらいしろ!」というレベルだ。