「立ち入ることはご遠慮ください」という看板をあちこちで見かける。「遠慮とは」辞書を引いて見ると、「控えめにすること」「慎み」とある。子供の頃から釈然としなかった。遠慮とは自分からするものだ。誰かに言われてするものではない。だから「ご遠慮ください」などと言われると「イヤだね」と憎まれ口の一つも叩きたくなる憎たらしい子供だった。

しかし普通の常識的な日本人なら「ご遠慮ください」と言われれば、「やらないでください」「禁止です」と同義だと思う。それは相手が自分のことを慮ってイヤな気分にならないように、こちらに判断を委ねているように見せているある種の”忖度”の依頼だと思う。しかし忖度って相手に依頼する類のものなのだろうか。何も言わなくてもこちらを慮って行動してくれるのが遠慮であり忖度なのではないかと思う。

政治家や官僚は忖度を強制するらしい。相手を抜き差しならない状況に追い込んでから黙って忖度を迫るようなことをするらしい。相手から選択権を奪っておいて「さぁ好きな方を選んでごらん」などと言うのは卑怯である。それでいて「あれは向こうから言い出したことですから」とヌケヌケと言い放つ。自分は責任を負わないで相手のせいにするのは決してリーダーのやってはいけないことだ。

リーダーとは名誉は全員で分かち合い、悪い結果の責任は自分が負うものだ。しかし悲しいことに、それを忘れた”自称リーダー”ばかりが多すぎる。