普通に話をしていても、こちらが何かを話している途中で割り込むように話し始める人がいる。自分が話すことを我慢できないのだろう。そんなに話したいのならと一瞬こちらが黙って聞いてみると、大抵の場合は大した話ではない。大げさに相槌を打つだけのこともある。話には勢いと流れがある。話の腰を折られるとその先の展開がメチャクチャになることもある。

でもそんな人はこちらが何を話したとしてもちゃんと聞いているわけではないから、こちらも結論がどうなろうが御構いなしだ。最後が「あって」も「なく」てもどうでもよくなる。だから勢い話の中身もいい加減になる。どうせ聞いてないのだから話しても無駄だ。

討論でないのなら、ボクは自分が話しているときに相手がかぶせて話しはじめたら、いったん話の途中でも黙って相手に喋らせることにしている。そういう人はこちらが無理に喋り続けても自分が言いたいことを全部喋り終えるまでは満足しない。だから話が混線する前に相手の言い分を聞いた方がこちらの話も簡単になって伝わりやすいし効率的だ。

その上で相手の話がトンチンカンなら改めて相手に向かって話し始めればいいだけだ。もちろんその時には相手の理解度もわかるのでどこからどのように話せばいいのか、そこで話をやめてしまってもいいのかが判断できるというものだ。

日本語は最後まで聞かないと結論がわからない言語である。「ある」のか「ない」のかは最後に述べる。「行ったことがある」のと「行ったことがない」では結論がまったく逆になる。だから最後まで聞かなければ簡単に誤解する。途中で話を遮るということは結論がわからないうちに自分の意見を言おうとすることだ。つまりはやっぱり話を聞いていないということだ。結論がわからないうちに話す意見など聞くに値しない。

だから一度そういう目にあった人と話すときは真面目な話はしない。