新型コロナの感染拡大以来、巷ではマスク不足になり1枚数千円で取引されるようになった。その頃から我が家でも使い捨てマスクの在庫はさほどあったわけではなかったが、「マスクさえしていれば感染は防げる」というような原理主義的な妄想に振り回されることなく「在庫が尽きたら洗って使えばいいさ」というごく自然な対応を続けてきた。

あれから数ヶ月が過ぎて使い捨てマスクの市場価格も落ち着いてはきたが、それでも末端価格でコロナ前の2倍程度の値で取引されている。そんな市販マスクを買ってくることには抵抗感がある。

ボクの持論は「マスクで感染は防げないが、むやみにツバを飛ばさないことはそれなりに効果はある」なので、スーパーに買い物に行ったり人前で話す時には布マスクを使っている。それにマスク姿になることで他人の心の平安が得られるならそれでいい。

市販のマスクの中には「99.9%ウイルスを通さない」などと謳っているものもあるが、そもそもウイルスというものは電子顕微鏡でなければ見えないほど小さなものだ。それをマスクごときで防げるものではない。ただウイルスは飛沫内に含まれる細胞内に存在することがあるので感染細胞の混じったツバの飛沫を野放図に周囲に撒き散らすのはいただけない。

最近は街中でも使い捨てマスクではなく手作り風のマスクをしている人を多く見かける。しかしマスクをしていると顔のほとんどが覆われてしまうので相手が誰なのかを見極めることも難しく表情などはほとんどわからない。そこで顔を見せる代わりにマスクの柄で見分けてもらおうと思って色々なマスクを頼んで作ってもらっている。沖縄から送ってもらっても1枚500円ほどで、使い捨てマスクほど安くはないが洗濯して何度も使えるので家計にもエコだ。

最近ボクが使っているマスクは沖縄の琉球紅型(びんがた)作家が染めた生地をマスクに縫製して作ってもらったものだ。琉球紅型は13世紀頃から琉球(沖縄)で発展してきた染物の一種でいくつかの手法によって沖縄らしいデザインを残している伝統工芸だ。ボクは沖縄という土地や風習・文化が好きなので自分の個性を主張する意味でも渡りに船だった。

もちろん琉球紅型は高価だし手間もかかるので持っているマスクの全てが紅型を使ったものではない。最近では作家の奥様がネットオークションなどで独自に仕入れた比較的安価な伝統生地で作ったマスクも愛用している。特に夏場になってマスクをしていると蒸れて暑いので、風通しのいい縮み(ちぢみ)の生地を裏地に使ったサラっとして比較的涼しいものを作ってくれるようになったのでこれを使うことが多くなった。

サラリーマンをしていた頃から職場には沖縄風アロハシャツ(かりゆしウェアと呼ばれている)を来て出勤していた。当初は上司にも「随分と砕けた服装だな」と嫌な顔をされたが、「沖縄ではこれが官公庁や金融機関でも認められた立派なビジネスウェアですから」と逆に上司を啓蒙して見聞の狭さを指摘して文句を言わせないようにしたくらいだ。もちろん得意先でも「沖縄より暑い東京でスーツを着るなんて気違い沙汰だ」と言いくるめた。いつぞやの「省エネルック」よりもよほどファッショナブルである。

新型コロナの蔓延は決してありがたいことではないが、こうした個性的なマスクを使うことで少しでも自分の個性を出すことができれば「ナンバー1にはなれなくてもオンリー1になれる」のではないかと模索を続ける今日この頃なのであった。