皆さんは今までに何回くらい船に乗ったことがあるだろうか。大きな客船からフェリー、水中翼船のジェットフォイルから屋形船、池や湖に浮かぶ手漕ぎボートまで水に浮かぶ船をすべて含めて何回くらい乗っただろうか。いやこの1年の間に船に乗ったことはあるだろうか。東京や大阪近郊に住む人にとって船はある意味で異次元の体験かもしれない。

船、特にカヌーなどの小さな船になればなるほど水面との距離は近くなる。普段はあまり見ることのない水面から陸地を見上げる風景にはちょっと興奮する。手を伸ばせば水面に触れることができる場所でお尻は水面より低いのに水着さえ来ていないのはもう忘れてしまったがオネショをする感覚にも似ているような気がする。

都会で生活をしていれば、休日の船釣りが趣味というような人でもなければ船に乗る機会は少ないのではないだろうか。だから船に乗るときには遊園地のアトラクションに乗る感覚に似ている。非日常だ。

ボクも普段は船に乗ることはほとんどないが、ボクはスキューバダイビングをするので年に一度は沖縄の離島に出かけている。那覇の港から離島までは1〜2時間の船旅だ。伊豆諸島の大島や八丈島に船で行くこともある。ボートに乗ってダイビングをするときには港から小さな漁船ほどのダイビングボートに乗る。ボクの友人にもダイビングを趣味にしている人が多いのでその人たちにとってはあまり非日常感はないかもしれない。

しかし多くに人にとって船はほんのわずかな距離の渡し船であってもアトラクション感があるのではないだろうか。ボクも高校生の時分には横須賀の浦賀港の渡し船が港の入り口を横切る数分間でさえ軽い興奮を覚えた。例えば東京・日本橋のたもとから出ている遊覧船やお台場から出ている海上バスでさえもちょっとした非日常感が味わえるのではないだろうか。

しかし瀬戸内海沿岸や離島に住む人にとって船は日常の交通手段だ。買い物や通勤・通学でさえ船が不可欠だというところはある。船に乗って通学などと聞くと都会の人は「すごいですね」などと言うが、自分だって普段の通勤や通学ではバスや電車を使っている。それがたまたま船だというだけだ。

だから「船に乗りますぞ!」と身構えることもなくバスに乗るように乗るのだが、船はいかんせん時化(シケ)や濃霧が出るとお手上げだ。離島などでは台風がやってくると1週間も船が出なかったりする。日用品や食料も船で運ばれてくるのだから補給がなくなるとたちまち厳しい状況に置かれる。そんな事情も知らず都会からやってくる観光客は酒池肉林だ。

だからといって生命線の観光なくして島の生活がない立たないところも多い。せっかく島に来てくれたお客様に不便をかけたり嫌な思いをさせないようにと精一杯のもてなしをしてくれる。しかしそんな島が好きな観光客にとっては「不便も観光の一つ」なのだ。都会にいては経験できないような不便がそこらじゅうに転がっている島に行くことそのことがいちばんの楽しみでもある。