NHKで毎週日曜日の午前中に「日曜討論」番組をやっている。NHKに解説委員が司会をして、各方面の政治家や大学の先生、研究者などの専門家をスタジオに呼んでその時のテーマに沿って意見を交わし合うという番組だ。番組自体は凡庸で際立った議論が交わされるわけでもなく建設的な意見が出るわけでもない。いたってつまらない番組だ。

時にはお茶など飲みながら眺めることもあるが、不思議なことに”討論”と言いながら出席者同士の意見が、というより話が全く噛み合わないことが多いのだ。当然討論なのだから相手の意見に対して賛同したり反対したりするのだが、その時には「どうして自分は賛同(反対)するのか」を述べなければ議論は深まらない。

そこで「そんな理由はおかしい」と言えるからこそその先の話に進むのであって単に「賛成です」「反対です」と言っているだけでは小学生未満だ。

しばらく話を聞いているとどうしてそんなことになっているのかがだんだんとわかってきた。司会者の仕切りも悪いのだが、つまりは他の人が話していることに全く耳を貸さないで自分の言いたいことだけを言っているだけだからだ。だから”討論”にならない。

あるイギリス人のジャーナリストが「過去にはペストで人類の半数が死んだ」「短期的に社会は変わったかもしれないが、その後はペストのことなど誰も気にしなくなって、長期的に見れば何も変わらずに普通の生活に戻ってしまった」と発言した。ペストで死んだのは決して人類の半数ではなく2割ほどだったし、半数が死んだのはヨーロッパに限定した話だというのは置いておくとしても総論で単に「元に戻った」というだけでは根拠が乏しい。

それに対して日本人の旅館組合の女将は「変わりました!この10年ほどでインバウンドが急激に増えてドラスティックに変わりました」と反論している。でもこの人は相手の意見を最後までちゃんと聞いていない。この10年ほどの話と300年以上も続いたペストと比較して短期的なのは明らかだ。「だから短期的には変わるけど」って言ってるでしょ?前提をちゃんと聞いてますか?ということだ。人の話をちゃんと聞いてから話すのは最低限の礼儀である。

話の前提を無視しては議論にはならない。相手の話を聞いてその前提で話をしても筋が通らないなら話はわかるが、全てを無視して自分の言いたいことだけを喋り続けるのではルールのないただの殴り合いと一緒だ。相手が素手で戦っているのにこちらだけが拳銃やマシンガンを持ち出しては話にならない。

相手の話を聞くのは話し合いの最低限のルールだ。それができない人に討論などできるわけがないし、相手の話も最後まで聞かなければ結論はわからない。結論もわからずに途中で口を挟んでくるような人とも議論はできない。