新型コロナの流行が佳境に入って緊急事態宣言が出た頃からめっきり姿を消してしまったテレビのバラエティ番組。司会者の他に「ひな壇芸人」と呼ばれる人たちが10人ほど、その名の通りひな壇に並んで座って司会者と絡み合うというスタイルが定着している。もちろん司会者のリードが面白くなければ成り立たないのだが、ひな壇の芸人たちも司会者のフリに素早くウィットのあるギャグで返さなければテンポのいい進行は望めない。

そんな中に勇んで大きな声で絡んでくる芸人は多いのだが、応えている中でどこに話を落とそうとしているのかわからなくなってしまう人がいる。司会者や他の芸人の発言に相槌を打ったところまではいいのだが、相槌を打つだけなら大きな声を出して自分をアピールする必要はない。大きな声を出したから何か面白い話題を振ってくれるのかと思いきや、そこで話がプツンと途切れる。

他の人はここから面白いオチがあるんだろうなぁと思って黙って待っているのになかなか話し出さない。司会者が業を煮やして「で?」「だから?」と聞くと、

「あ?、え?、それだけです」

話の落とし所というのは今の話題を土台にしてその上に新しい建物を建てるような作業だ。建築家が出来上がった土台の上に立って大きな声を出しても、新たな建物が建てられないのならその土台に立つのは場違いだ。「いい土台だね」と言ってもそれはまだ土台でしかない。土台を作ることは重要なことだが土台だけでは雨露も凌げないし住むこともできない。

話に落とし所がない人を見ると「何をして欲しいのか?」「何を求めているのか?」と聞きたくなってしまう。話には目的地があるからその途中経過を楽しめるのであって、目的地のない話を聞いていてもこの先どこに行ってしまうのか不安になるばかりである。そしてストーリーはいきなり道が途切れるようにプツンと行き止まる。

多くの人が笑っている芸人のギャグも話の落とし所がなければまったく面白くない。でも最近ではそれを逆手にとって「スベリギャグ」などと言っている芸人もいるのだから、世の中何がウケるのかわからない。