ボクは今まで街の占い師に占ってもらったことはない。おそらく多くの男性は占い師とは無縁の人生を送っていると思う。私の記憶が確かならば、小・中学生の頃にクラスの女の子にトランプかなんかで占ってもらったのが最後だ。その結果も全く覚えていない、というよりも失礼な話だが、結果など聞いていなかったのだと思う。

血液型、カード、星座などなどその筋の人に聞けば星の数ほどの占いがあるのだという。占いの種類は星の数ほどもあるのにその結果は3〜4種類かせいぜい10数種類に限られている。テレビのモーニングショーで必ずやっている血液型占いは4種類だし星座占いは12種類(?)、生まれ月も12ヶ月分だ。どうやら人の運命はほんの数種類しかないらしい。人の人生は意外とシンプルだ。

占い師は人生相談を受けるカウンセラーだと思っている。お客の目の前で水晶玉を覗き込んだりへんてこりんな駒をばら撒いたりテーブルの上にタロットカードを並べてみたりしているが、あれにはまったく意味がない。一所懸命に占っているように見せるポーズだ。カードを並べる間にお客の分析をする時間を稼いでいるのだろう。相手の話をよく聞いていればその人の人とナリは自ずとわかる。

その人にとって今、何をすることが本人を悩みから解放するための近道なのかを考える。いや考える必要もない。マニュアルにあるいくつかの方法の中からふさわしいと思うものを選んで相手に語りかける。今あなたが悩んでいるのはそもそもなぜなのか。人は自分が悩みのどん底にいる(と思っている)時には自分自身を客観的に見ることができなくなっている。

親しい友達に相談したからといって友達は答えを出してくれるわけではないし、おそらく最初から友達のアドバイスなど期待していない。友達に話そうと思うのは「そうだよね〜」「ムカつくよね〜」「あるよね〜」と自分を肯定してもらいたいからで解決してもらおうなどとは思っていない。なぜなら友達には権威も威厳がないからだ。人は権威のないもののアドバイスなど聞かない。

そこで占い師の出番だ。占い師は言ってみれば”神の遣い”であり使者である。神様のお告げを聞かせてくれるのだから権威は絶大だ。それを数千円で手に入れられるのだから使わないテはない。もっとも人生を左右する一大事を委ねるのに数千円ではちょっと安すぎるような気がする。しかしお布施に数十万円も数百万円も使うようになったらそれはある種の依存症だし病気だろう。つまり占い料はその対価でありその程度のことしか期待していないわけだ。

しかし占い師からすればお金をもらっている”お客様”である以上、どうすればお客様がより幸せになれそうか考えてあげたくなる。まずは悩みから気をそらせて清々しい気分になってもらわなければならない。だから話を聞いた中でわかった相手の強張って頑なな考えを解きほぐすために、相手が話の中で触れなかったあるいは気づいていない一般的な失敗に軽く触れて刺激してみる。

中には一度で「あぁそうか!」という人もいるだろうし「そんなことわかってる!」という偏屈な人もいるだろう。いいのだ。相手が勘違いしていればいるほどアドバイスのしがいがあるというものだ。「そうですよね、あなたほどの人が気づいていないわけがない。でもね、こう考えてはどうですか?」と話を振ればいい。何と言ってもこちらは権威ある”占い師”なのだから。お坊さんの説教くらいの価値はある。

「当たる」と言われている占い師は人の話を聞くのが上手くて、相手の自尊心を傷つけないようにしながら根本的に間違っている考え方を変えるためのアドバイスをする。いやちょっと違う。「あれ?自分が間違っていたのかな?」と思わせる客観的な視点から自分を見直すきっかけを与えようとする。

ただ考え直すのはあくまで自分自身なので、再び間違った迷宮に入り込んでしまってグダグダになってしまうかもしれない。でもそれでいいのだ。また悩んだ時にはもう一度来て数千円の占い料さえ払ってもらえば、ありがたい話はいくらでもできるのだから。