ボクが生まれた時にはすでにテレビも電気洗濯機も電気冷蔵庫もあった。小学生になる頃には電子レンジも普及し始めた。風呂釜はガスだったが炊飯器やトースターは電気だった。そういう意味でボクは家電ネイティブだ。生まれた時から家電製品に囲まれて生活してきた。

しかし家の電話はジリリリリ〜ンと鳴る黒電話だったし、レコードプレーヤーやオープンリールのテープレコーダーもラジオもテレビも電子機器といえどもアナログだった。。小学生になる頃にはカセットテープが出てきてビデオテープもVHSやベータといったカセット式になったが、CDやMD、レーザーディスクが出てくるにはもう少し時間がかかった。

高校生の時にCDが発売されたが「今まで集めたレコードがあるんだからそう簡単にCDに置き換えられるわけないだろ!」などと言っていた2〜3年後には「やっぱりCDは音がいいよね〜」などと言い、山のようなレコードはダンボールに詰められて押入れの奥に追いやられた。しばらくすると誰もレコードのことなど思い出さなくなった。ウォークマンはディスクマンになりやがてiPodが発表される。テレビも地デジになり、携帯電話もデジタルになり、世の中のあらゆるものがデジタル化された。

おそらく今の子供たちはダイヤル式の電話や汲み取り式の和式ボットントイレはおろか水洗の和式便器の使い方すら知らないかもしれないしカセットテープが何なのかもわからないかもしれない。レコードなど見たこともないだろうからレコード針もわからないだろう。この40年ほどで世の中は大きく変わった。いやそれが悪いとは全く思っていない。それどころか昔の生活に戻れと言われてもイヤである。

生まれた時からスマホや携帯ゲームが身近にある子供たちをデジタル・ネイティブと呼ぶ。ダイヤル式電話は使えなくてもスマホの画面をスワイプするのは2歳の子供でもできる。逆に”アナログ・ネイティブ”な昭和世代はタブレット端末やパソコンを前に手も足も出ない有様だ。

この急激な生活様式やアイテムの進化についてこれなかったのは、古い世代の人間たちの好奇心のなさと現状維持の後ろ向きな態度である。太平洋戦争が終わった時、日本は占領軍によって解体された。それは政府組織や財閥企業だけでなく、教育や人々の暮らしに至るまで価値観は180度変わり「これからの新しい時代に合わせて頑張るしかない」という覚悟を決めた。

しかしアナログからデジタルに変化する過程には”玉音放送”(天皇陛下がラジオで日本の敗戦を国民に伝えた放送)や”終戦記念日”のような明確な区切りがない。いつの間にかズルズルとしながらも数年の間に変化していったので「よし、今日から頑張るぞ!」という決意がしにくかった。決断できないでいるうちにズルズルと落ちこぼれてしまった。あの高度経済成長を牽引してきた世代の大人たちがである。

新型コロナ感染症やスペインかぜ、コレラ、ペストのパンデミックでも同じだ。「今日はパンデミック記念日」というような日がないから自分の生活様式を変える決断がしにくい。一気に変化したものを認知することは容易だが、少しずつ変化していくものを認識して行動するのは予想以上に難しいのである。テレビのクイズ番組でも、少しずつ変わっていく絵を見て最後に「どこが変わったでしょう?」と言われても多くの人が答えられない。

そんな時には”アナログ語”を”デジタル語”に翻訳する人間も必要だ。それでもやる気のない人間には何をいっても無駄だ。昔から言われるように「馬を水辺に連れていくことはできても水を飲ませることはできない」のだ。新しいテクノロジーを見て「くだらない」とか「怠惰だ」などと憎まれ口を叩く暇があったらそれを少しでも理解しようと努力しなければ何も変えられない。

逆に今さら”デジタル語”を”アナログ語”に翻訳する必要はない。時代に逆行する懐古趣味の人間が一人でやっていればいい。時代が過去に向かって進むことはないのだから。