「オードリー」と聞いてピンクのベストを着たお笑い芸人を思い浮かべたあなたは現代人だ。いやそうでもないかもしれないが、ボクは「オードリー」と言えばヘップバーンだ。もっともヘップバーンが「ローマの休日」や「マイフェアレディ」に出ていた頃にボクは生まれていない。だからボクが観たヘップバーンの映画はいつもテレビだった。

ご存知のように映画をテレビで放送する時には大抵の場合は吹き替えになる。とあるおばあちゃんが「最近の外人さんは日本語が上手くなったねぇ」と言ったとか言わないとか、それくらいテレビで放送される映画のほとんどは吹き替えだ。特に民放で放送される海外映画はほぼ100%が吹き替えである。

しかし毎月受信料を払っているNHKの唯一素晴らしいところは海外映画を字幕で放送していたところだった。字幕なら声はオリジナルの俳優さんの声がそのまま聞ける。そして簡単な英語なら「元のセリフとは随分と違った意訳をするんだなぁ」などということがわかったりもする。しかしそれよりも不思議なことがある。

「ローマの休日」のラストシーンでは新聞記者がアン王女に質問するシーンがある。「今回のご訪問先で一番印象に残った街は?」それに対して御付きの人がアン王女に耳打ちする。

(どの街にもそれぞれに・・・)

それを聞いたアン王女は話し始める。

「どの街もそれぞれに忘れがたく、1つを選ぶのは・・・」

と言いかけてから少し間をおいて、

「ローマです!断然ローマです!」

と言い放った。アメリカ映画なので原語では「Rome!」と言っている。これも当時ボクは字幕を読んだはずなのにその場面を思い出す時にはオードリー・ヘップバーンが日本語で「ローマです!」と言っていた記憶しかないのだ。文字で読んだ言葉を自分の頭の中で音読したものを、彼女がそう言ったと勘違いしているのだろう。それほどまでに文字から想像されるイメージというのは強烈だ。

学校の国語の授業で先生が教科書を音読させることはよくあった。音読させることで耳からの情報としても理解させようとしたのだろう。物語は本を読んで理解する方が得意な人と、耳から入ってくる言葉で理解する方が得意な人がいる。どちらが優れているというのではなく個人個人の性格や特性、能力、過去に経験した出来事によって違ってくるような気がする。

だから自分の考えを相手に伝えようとする時には文字に書いて、話して聞かせて、絵に描いて説明するというようなメディア横断的にいろいろな方法でアプローチすることが大切だと思っている。どれか一つの方法で限りなく丁寧に説明しても、相手の得手不得手によって上手く伝わらないことは往往にして多いのではないかと思う。

何れにしても何かを伝えようとする時には、読む・聞く・見るなど相手の得意なメディアであったり、相手の趣味などの興味を持って考えてもらいやすい言葉に置き換えてアプローチしていくことが大切なのではないだろうか。おっと、この話もお笑い芸人が好きな人の立場で書くべきだったかな。