1991年、湾岸戦争の後処理としてペルシャ湾に自衛隊の掃海艇を派遣し、翌年にカンボジア内戦にPKO部隊を派遣するまでは欧米の諸外国から「日本はカネだけ出して自分では何もしない」と非難されていた。確かに日本は国際舞台では国連に金を出すことでその役割を果たしていた。それは国際紛争を解決する手段として武力を放棄するという日本国憲法があったからだ。

もちろんその憲法は太平洋戦争の敗戦後、占領軍だったアメリカによって作られたものだったが、そのアメリカをはじめとした国連が「日本がカネだけ出して武力を出さないのは卑怯だ」と言い始めたのだから世界は矛盾に満ちている。しかし日本の国民はカネだけ出せばそれでいいだろうと心から思っていたわけではない。

敗戦でめちゃめちゃになった国土を立て直して復興を遂げた日本人には、もちろん平和憲法を守りたいという気持ちは強い。家が焼かれ家族や友人を失った悲惨な過去はもう繰り返すまいという決心があるからだ。だからなんとしても海外への派兵だけは許せなかった。一方で「自分たちだけが平和ならそれでいいのか」という気持ちも少なからず持っている。だからガイジンが「日本人は危険なところに行こうともしない」と非難する声に抗うのも精神的なストレスになった。

日本人が本気になるということは”命を捧げる”ということだ。自分は死んでもいいと覚悟を決めることだ。江戸時代に書かれた武士の心構えを書いた「葉隠(はがくれ)」にこんな言葉がある。

「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」

常に己の生死にかかわらず、正しい決断をせよという教えだ。正しいと思う戦いなら日本人は、「戦地に行く」と決めたら「死んでもいい」と覚悟を決める。決して欧米人のように最後に命乞いをして逃げ出すようなことを潔しとしない。そして降参するくらいなら死んだほうがマシだと思っている。それが悲惨な戦争を巻き起こした原因でもあり、国が壊滅するまで戦争をやめなかった原因でもあるのだが。それが800年間もの間、武士道の思想を良しとしてきたあらゆる日本人に染み付いている。そんな日本人の怖さや凄さをアメリカ人は忘れてしまった。

死ぬ覚悟をするのは簡単なことではない。試しに欧米人に訊いてみたい。「死ぬこと」と「金を出すこと」を選ぶとしたらどちらを選ぶかと。日本人はいざという時にはそういう選択をしている。負けて降参することなど考えない。負けるときは死ぬ時だ。だから簡単に戦場に行くわけにはいかない。死んでもいいと覚悟を決めてからでないと戦場には行けない。戦場に行ってオメオメと生き恥を晒すようなことを日本人の精神は許さない。これは欧米との圧倒的な文化の違いだ。

戦後、グアム島に残された残留兵の横井庄一さんが終戦から28年ぶりにグアム島から帰国した際も、「恥ずかしながら、帰って参りました」と言った。これが日本人の覚悟なのだ。