「うわっ、凄っ!」「うわっ、旨っ!」

テレビのバラエティ番組から流れてくる奇声はいつも決まっている。旅番組でも絶景といわれるところへ行けば「凄〜い!」というに決まっているし、名物料理を食べて「う〜ん、ちょっとイマイチかな」とか「これは好きになれないなぁ」などという人はまずいない。遠回しに言ったとしても「不思議な味ですね」や「個性的ですね」がいいところだろう。それさえめったに台本に書かれることはない。

タレントたちが仮に本当にそう思って言っていても、いつものべつ幕なしに言っていると信用できない。放送作家が書いた台本のセリフを読んでいるのだなと思う。決まり切った型通りのセリフはほとんどの場合は放送作家が書いた台本に書いてある。だからバラエティ番組に出てくるようなアシスタントの女子アナは決まり切ったセリフしか言わない。もっともアナウンサーは原稿を読むのが本来の仕事なのだから自分の本来の仕事に忠実なのだといえばその通りだ。

しかしロケなどに行って現場では台本もカンペ(カンニングペーパーの略)も見られないような状況になっても予定調和の相づちはなくならない。いつも同じことを言っているのだから条件反射的に口をついて出てくるのだろう。

しかしこんな台本ばかりを読んでいるからテレビはダメになる。人間は本来、安定や予定調和を好む。水戸黄門の最後に印籠を出すのも東山の金さんが諸肌脱いで「この桜吹雪が目にへぇらぬか!」と口上を述べるのも仮面ライダーが最後にライダーキックで怪人をしとめるのもウルトラマンがスペシューム光線で怪獣をやっつけるのもみんな予定調和だ。

しかし旅番組を見て、自分の行ったことのない知らない土地を旅する気分になりたいときに「美味しかった」「凄かった」「癒された」を連発されてもつまらない。人は予定調和の中にあっても少しばかりの驚きや新しい発見も好むのだ。そのことに気づかないでスポンサーやタイアップに縛られているからといって「テレビなんてつまらない」と言われ誰も見向きをしなくなってしまえば元も子もないのだ。南の島のサンゴ礁が売り物だった観光地が、「もっとお客に来て欲しい!」といってサンゴに海を埋め立てて空港を作ってしまえば本末転倒だということに気づかないのと一緒である。

某男性芸人の「美味ーい!」は芸風なのだろうがあまりにもしつこいと鼻につく。ある年にバカ売れしてなんちゃら大賞を取った芸人は翌年になるとほとんど見かけなくなる。新しい発見や驚きのまったくないものになどなんの魅力も湧かない。予定調和だけではいつか飽きられるのだ。