我慢することが辛くない人は少ないと思う。嫌なことを我慢してやったりいじめを我慢することはもちろん辛いことだが、やりたいことを我慢することも結構辛いことだ。ということがこの1ヶ月くらいで身に染みている。

今は政府から緊急事態宣言が出されてすべての国民に自粛の要請が出されている。正直なところボクは生まれてこのかた、こんな我慢をした経験はない。いつどこに行こうが自分の勝手だという時代にしか生きたことがない。

日清・日露、太平洋戦争の戦中戦後を生きてきた世代の人にしてみれば、こんなことは我慢のうちに入らないだろう。毎日毎日、日夜の別幕無しに繰り返される爆弾や焼夷弾、戦闘機の機銃掃射から逃げ回り、家は焼け家族は殺され家もなく食べ物もなく、道端の名も知れない草を生のまま齧って命を繋いだ人にしてみれば、「Stay Home」「不要不急の外出は自粛してください」などということは我慢でも何でもないに違いないはずだ。

でもそんな時代を生き抜いてきた人たちも今は家から出ないことが耐えられないほどの我慢だと感じている。近所の公園や商店街には若い世代の人たちもいるがその多くは戦中戦後を生きてきたと思われる高齢者だったりする。戦争が終わってから75年が過ぎた。もちろん色々な事情はあるかと思うが、そんな昔のことなど忘れてしまった人が多いのではないだろうか。昨日買い物に行ったスーパーには、昼間からベロベロに酔っ払った老人が足りなくなったツマミの買い出しに来ていた。

ボクが子供だった頃には、「昔は食べたくても食べられなかったんだ」「今は贅沢で幸せな時代なのにお前たちは食べ物の有り難みがわかっていない」などとしょっちゅうお説教をされた。ご飯を大切にしなければバチが当たると言われて育った。だからボクたちの世代は今でも食事の時には最後の米粒まで残さず食べる人がほとんどだ。

「日本人はエコじゃない」と非難する欧米人がレストランでは平気で食事を残す様子をボクは何度も見た。食べきれないほどの料理を注文し、挙げ句の果てに生ゴミにしてしまうあなたたちの方がよっぽど食べ物を大切にしていないじゃないかと思うこともある。もちろん過剰包装など日本人にも反省すべき点は多いが、「だって食べたかったんだもん」と反省の色もない。我慢が、自制ができていない。

「その点日本人は…」と思っていた。しかし今の大したことのないはずの我慢もボクはだんだんと辛くなってきた。ただ外出を控えるだけでこんなにも不自由なのかと感じてしまう。何事もない穏やかな時代が長く続くとだんだんと人は我慢することを忘れてしまう。だから今こそ、

「できぬ我慢、するが我慢」

なのだ。