お笑い芸人やタレント、俳優には”おバカキャラ”というのがある。それは所属事務所のマーケティングによるものなのか本人の”天然”なのかはわからないが、常に誰かより優位に立ちたいという、翻って言えば誰かをバカにしていたいという人の深層心理に根ざしたものである意味で合理的なマーケティング手法だ。

ボクはギョーカイに知り合いもいないし芸能人の友達もいないので、彼ら彼女らのことはテレビなどを通じてしか知らないしその素顔がどうなのかは知る由もない。でもおそらく察するに本人はテレビなどに晒す顔ほどにはバカでもなく非常識ではないのではないかと思っている。カメラの前の姿は一つの演技であって愚かな一面を演じることで人気を得ることが目的なのではないだろうか。

その証拠に最初はおバカキャラとして売っていたタレントが何年かしてキャラ変(キャラクター変更)することがある。あのように競争が熾烈そうな業界で(熾烈でない業界などないけれども)何年も生き残ってきたのだからそれなりに何かの才能や人に好かれて可愛がられる良さがあったに違いない。周りの先輩タレントからバカにされ弄られるばかりだったのがキャリアを積むことで少しずつのし上がってくるといつまでもおバカキャラのままでは限界が見えてくる。そこでキャラ変が威力を発揮することがある。

もちろん非常識が急に常識人になれるはずはないので”キャラ変”後の人格は元々備わっていたものに違いない。常識人が非常識を装うことなら比較的簡単にできる(はずだ)。「コリン星からやってきたユーコリンでーす!」などと言っていた女の子がある日突然、「私何やってんだろう?バカみたい!」とテレビカメラの前で言い放って良妻賢母のママとしてCMで活躍する例もある。これは自分の人格を偽って無理にやらされることに反乱を起こしたのかもしれない。人間だもの…。

一方でキャラ変しておバカキャラを”卒業”したはずなのに相変わらずおばかが丸出しになっている人もいる。これは逆の例で非常識が常識人の仮面を被ってみたもののすぐにメッキが剥がれてしまった例だ。自分では常識的な受け答えをしているつもりで知ったかぶってトンチンカンな答えをしてしまう。人の知識や常識は急に身につくものではない。生まれてから何十年もかけて成長してくる間に努力して徐々に身につけてくるものだ。歌手の山口百恵さんはかつて歌っていた。

♪ぼうや、いったい何を教わってきたの!♪

常識や知識は長い時間をかけて教わってくるものだ。教わって身につけるにはそれなりの才能が必要なのであって、ただ漫然と聞いていれば身につくものではない。話を聞いても「くだらない」と思っていれば身にはつかないし一見つまらないことの中にも自分なりに価値を見出して興味深く聞いていればやがて自分の血となり肉となる。人の能力は一朝一夕に身につくものではない。

ところが今も昔も相変わらずそんなのが多い。大人も子供も若者も老人も聞きかじりで知ったかぶって無能をさらけ出す。出川哲朗ではないが「あなた、バカなの?」と言いたくなるような人が世間には溢れている。今まで努力をしてこなかったのだから仕方がないのだが今のままではいつまでたっても進歩はない。

今日からでも心を入れ替えて自分には関係ないと思っていることにも自分なりに価値を見出して今までの自分にはなかった価値観を見つけ出す努力をしなければ一生おバカキャラのまま人生を終えることになる。