二十歳の時に家を出てそれっきり同居もしていないがボクには85歳の両親がいる。最近では話していることもちぐはぐで何を言っているのかわからないことも多い。人間、歳をとれば程度の差こそあれ誰でもボケてくる。ボケ老人を相手に真面目に話していると耳が遠いこともあってことさら疲れる。やらなければいけないことを言って聞かせてもさっぱり覚えていなかったりするので終いには流石に腹が立ってくる。

しかしボケ老人とはそういう生き物だ。カチンとくる方もいるだろうが事実だ。そのことがやっとわかってきた。もはや覚えることも考えることもほとんどできなくなっている。だから言って聞かせようとすること自体が無理なのだ。無理なものを押し付けようとしたところで仕方がない。諦めが肝心だ。もう老い先も短いのだから自分の人生や人格を否定されながら生きるのも嫌だろう。それでも思いついたように生意気なことを言い始めるからどこからどこまでが正気なのかもわからない。

でもよく考えてみればそれは老人に限ったことではない。人の話を聞いても書いてあることを読んでもまったく理解出来ない人がいる。それが20代や30代でもだ。中年になればみんな多少の分別があるのかと思っていたがそうでもないらしい。「人の話聞いてる?」と言いたくなるような人もたくさんいる。そんな人に最初は腹も立ったが最近、ボケ老人とつき合う時間が多くなって考えも変わってきた。わからない人には何を言ってもわからない。言って聞かせようとしていること自体が無理なことなのだ。

諦めが肝心だ。やりたいようにやらせておくしかない。それがお互いにとって平和に過ごす最善の道なのだ。ただ火事など出して周りに迷惑をかけないかどうかだけが心配の種である。