「確信犯」と言ったらどんな犯人を思い浮かべるだろうか。おそらく多くの人は「自分で悪いことだとわかっていながら罪を犯す人」を思い浮かべるだろう。ボクも学生時代にはそう思っていた。では手元に国語辞書のある人は「確信犯」を引いてみて欲しい。そこには「自分が”正しい”と”確信”して犯罪を犯す人」というような意味が書かれていないだろうか。

そうだ、確信犯というのは自分のやっていることが正しいことだと”確信”して犯罪を犯す人のことである。しかし今では正反対の意味に使われることの方が多い。だから辞書にも【俗】などとして世俗での意味として「悪いと知りながら罪を犯す人」の意味も併記されていることが多い。こうなると誰かが「確信犯」という言葉を使っている時には「この人はどちらの意味で使っているのだろう」と迷ってしまうことがある。

ボクらが学生だった頃には「ヤバイ」と言えば危険なことや抜き差しならない状況に直面した時に使う言葉で決して前向きな意味ではなかった。しかし就職した後しばらくの間、世捨て人のような生活をしている間に世間では「ヤバイ」がヤバくなくなっていた。街中で若者が「それってヤバくね?」と言っているのを聞いているとまったくヤバくない状況だったりするようになった。というより「凄い」とか「カッコいい」という意味で使っているようだった。

しかしボクの周りにいたオッサンたちは相変わらず「それ明日までにヤンなきゃいけないの?ヤベぇじゃん!」と相変わらずヤベぇ顔をして言い放っていたのだからボクの頭の中は一気にヤバくなってしまった。

言葉の意味が正反対になる時にはある程度長い時間をかけながら両方の使い方が並列することが多かったのだが、ヤバイに関しては途中経過をまったく知らないうちに奈落の底に突き落とされたような気分だった。

もっともそれ以降は会話の中で腑に落ちない言葉の使われ方があっても、いったん頭の中でその単語を反芻して「もしかしたら世の中では新しい意味に変わっているんじゃないか」と相槌の言葉を飲み込んでしまうようになった。まったく油断も隙もない世の中になったものであることよ。