新型ウイルスの感染拡大が続く中、巷ではマスクの供給が追いつかずに医療機関でさえ1日に1枚しか使えないような状態が続いているらしい。ましてや民間ではなおさらのことだ。もともと我が家のマスクの在庫は買い占めパニックが始まった頃には残りが10数枚になっており(マスクの在庫管理はボクの業務の範囲外である)、1~2週間もしないうちに底を尽いた。だからボクは今、外出時には使用3週間目に差し掛かった使い捨てマスクを携帯している。

感染拡大がニュースなどで叫ばれる中、外出時にマスクをしていないと咳やくしゃみをしていなくても苦情や嫌みを言われたり睨まれたりする。世間の注目は100%新型ウイルスに向いている。例年であればインフルエンザやノロウイルスを警戒している時期だが今年に限ってはインフルエンザは話題にもならない。しかし例年通りインフルの患者は出ているはずだし死者の数は新型ウイルスのそれを大きく上回っているはずだ。現に2月時点の患者数は3万7千人を超えている。

確かにマスクはしていないよりもしていた方が感染を広めないためには有用なはずだ。だからと言ってほとんど手に入れることが困難な状況でマスクをしていない人をあからさまに非難するのはいかがなものだろう。「感染を広げないためにすべからくマスクは着用すべきだ」というのは正論だ。

人が正論を口にするときにはその裏に「正義感」があることが多い。今までなら妊婦への風疹の感染を広げないようにと予防接種が推奨されても「面倒くさいから」「お金がかかるから」と言って知らん振りをしていた人までが1パック5万円もの値段で転売されているマスクを買うというのだから世の中は狂っている。(2020年3月15日から高額な値段でのマスクの転売は法律で禁止されました)

そもそも正義感とはなんであろうか?それは恐らく”正義を重んじる心”だろう。確かに正義は大切だ。言い換えれば道徳心だ。会津地方に残る什の教えでいう「ならぬものはならぬものです」ということでありスーパーヒーローの心情そのものである。しかし今まで何もしていなかった人間が急にスーパーヒーローを気取るのはどうかと思っている。

個人が振りかざす正義とは、あくまで自分が正しいと思っていることであって今の時点ではそれさえも誰かから吹き込まれたものに過ぎない。それをどこにいてもどんな状況でも正義のヒーローを気取って振りかざす姿は滑稽である。

ちょっと前まではどんなに人道的な正義でさえ「面倒くさい」と言って憚らなかった人ならなおさらだ。それはもう「にわか正義の原理主義者」と言ってもおかしくない。ただの独りよがりである。自分だけが正しいと勘違いしていることを他の誰かに無理やり押し付けるのはただのイジメである。もちろん正しいことは正しいことに変わりはないのだが、今までの自分の行いをもう一度振り返って欲しいものである。