つい2週間ほど前のこと、近所のスーパーに買い物に行ったらいつもは山積みされているトイレットペーパーがウソのように1つ残らず売り切れていた。もう随分前のことだがこの光景には見覚えがある。若い人は知らないかもしれないが1970年代、昭和40年代に起きたオイルショックの時に見た光景だ。あの時もそこらじゅうの店からトイレットペーパーや洗剤が消えた。これらは原油価格の値上がりとは直接関係のないものばかりだったが世間に出回ったデマを信じた人々が買い占めに走った。

原因が何であれデマを信じた人たちが買占めを始めればそれを見た人たちも不安に駆られて買占めを始める。トイレットペーパなどなくなったところで死んでしまうわけではない。それでもなくなれば不便になるからと我も我もと買占めを始める。相田みつをという詩人が詠んだ詩がある。「うばい合えば足らぬ、分けあえば余る」いつの世でも同じことが繰り返されている。誰もが買占めなどせずいつもどおりに生活していればパニックなど起こらない。2週間遅れて今アメリカでも同じことが起きているらしい。トイレットペーパー好きはニッポン人だけではないらしい。

パニックは群集心理で起きる。ウィキペディアには「突然発生した予期しない恐怖で抵抗不可能なものであり、多くの人々が同時にそれに影響されるで多くの場合闘争や混乱が見られる状態」だと書いてある。劇場内でいきなり起きた爆発や火災などによって出口に殺到した人がパニックになった挙句全員が死亡してしまうような事故も過去には起きている。しかし肝心なのはパニック状態には”抵抗不可能”だということだ。仮に自分がパニックになっていなかったとしてもパニック状態が引き起こす混乱は避けられない。

我が家では日用品や調味料の在庫は「ダブル瓶方式」で管理している。例えば醤油やサラダ油なら現在開封して使用中のものの他に新品を1本在庫してある。何もこれはパニックに備えているわけではなく料理の途中で醤油が切れたことがわかってもスーパーにハイに行っている時間はないしマンションの隣の家に借りに行くわけにもいかない。常に新品を1本用意しておけば慌てずに済むからだ。ダブル瓶とは2本のビンを用意しておいて1本は使いかけでももう1本の瓶に在庫を持つという在庫管理の手法である。

今回スーパーのトイレットペーパーがなくなった時にも我が家には袋から出したペーパー3本の他に新品の1袋12本が備蓄してあった。トイレットペーパーが何年も続けて買占められ続けることは考えにくいから1ヶ月分ほども備蓄があれば大丈夫だろうと思って使用中の3本を使い切って新しい備蓄を買いに行くタイミングになっても慌てて行列することはしなかった。案の定2週間もしないうちにトイレットペーパーの流通は普段通りに戻りそれから備蓄を揃えたことは言うまでもない。

ここで一番気をつけなけらばいけないのは群集心理のパニックに自分が巻き込まれないように準備しておくことである。巻き込まれるとは無理して備蓄を揃えようとしてトイレットペーパーの前の行列に自分も並んでしまうことだ。パニックになった群衆に自分も混じってしまえばパニックであろうとなかろうと同じ行動をすることになる。だからここでは事態を静観して座して待つことが大切だ。トイレットペーパーがなくなったところで死んでしまうわけではないと思えば慌てることはない。多少は不便だがなんとかなる。

「食べるラー油」事件の時も「サバ缶」事件の時もそうだった。ある日突然スーパーの棚から商品が消えた。誰かがどこかで話題にすると我も我もと一ヶ所に殺到してしまうのが群集心理だ。だからといって恐怖を感じるだろうか。食べるラー油がなくたってその日に鯖缶が食べられなくたって何も困らない。しかし耳寄りな情報を聞いて自分が得しようという気持ちはあるだろうが「自分だけが損をする」や「手に入れられないと危機的状況になる」と思い込んでいる時の方が群集心理は働きやすい。だからバーゲンセールに殺到するよりもトイレットペーパーを買い漁る時の方がヒステリックになりやすいし銀行の取り付け騒ぎなどではなおさらだ。

マーケティングでも危機感を煽って慌てて買わせようとするやり方があちこちで使われている。いわゆる「放っておくと大変なことになりますよ」商法だ。危機でもないのに危機に見せかけて買わせようとするのはある意味で卑劣なやり方だが、そんな手に簡単に引っかかってくる消費者がたくさんいるのだから売る方としてはやめられない。