かつてプロ野球の長嶋茂雄さんは「どうやったらあんなに上手に打てるんですか」と聞かれて「ザーッといってガーッとやってバーンと打つんだよ」と説明したんだとお笑い芸人の関根勤(当時はラビット関根)さんがモノマネをしていた。ホントかウソか知らないが、もしそんな言い方をされたら聞いた方はなんのことかさっぱりわからない。そりゃそうだろう。こういう人はプレーヤとしては一流でも指導者には向かない。しきりに「気合いだ気合いだ」というレスリング選手の父親がいたがこの人の言うこともさっぱりわからない。もっとも彼の場合はそれがお笑いのネタなんだが。

サッカーのドリブルで有名な人がいる。岡部将和さんという人だ。彼はプロサッカー選手ではないが時にはプロのサッカー選手からも「教えてくれ」と言われるらしい。彼は学生時代には将来を嘱望されるほどの優秀な選手だったらしい。でも運悪くプロになることはできなかった。それまでの生活のほとんどをサッカーに掛けてきた彼は絶望したという。それでもサッカーから離れないで生きていくために何ができるのかを必死に考えたのだという。

学生時代、ドリブルで相手の選手を抜き去るのが好きだったし得意だった。しかしそれだけではプロの世界には通用しなかった。でも彼は考えた。サッカーの指導者として生きていくなら自分が得意なだけではダメだ、その技術を的確に生徒に伝えることが必要だと。そのために彼はスーパーテクニックを持つ人のプレー動画を何千回も見てその動きと理由を丹念に言葉にしていった。相手にボールを取られないためには、ここでプレーヤーがなぜこの動きをするのか、一つ一つの理由を見つけて言葉にしていった。すると相手がこう動いた時にはどのタイミングでどの角度でボールを蹴りだせばいいのかを口で説明できるようになった。そこからはバーっとガーッとやるような曖昧さが消えた。それが指導者に必要なスキルだ。

ドリブルで相手を抜き去る技術を理論武装で高めてそれを練習で実践することで自分の組み立てた理論の正しさを確かめた。そうすることで子どもにでもわかりやすく説明できる力を身につけた。理論を説明してから実際にそれを使った技術で子どもたちのディフェンスを鮮やかに抜き去ると子どもたちからもその親からも驚きと称賛の声が漏れた。あるママが「動画に撮ってもいいですか?」と訊いてきた。別に隠すことでもないので快く了承した。すると次から次へと動画に撮りたいという人が出てきた。みんながそんなに見たいのならと今度は自分で撮った動画をYouTubeに公開した。すると再生回数が数億回というヒット動画になった。

自分でできることと人に教えることは別のことだ。自分でやっていることをうまく伝えられなければ教えられない。教えるということは言い換えればそれを言葉で説明できるということだ。もちろん画像を見るだけで分かることもあるが、その動きの裏にある理由や意味を口で説明できれば相手はもっと理解を深めることができる。理解することができれば今度は自分で考えてもっとうまくやる方法を考えるようになる。単なる人真似ではなくなる。

名プレーヤーが必ずしも名コーチではないのはそんな理由があるのだろう。常に考えながらプレーをして名プレーヤーになった人と天賦の才能を持って自分の勘と努力だけで何も考えずに上手くなった人との差がそこなのではないだろうか。天才は素晴らしい。でも天才は自分の才能を他人に教えることには長けていないことが多い。何かを達成しようとして考える時にはできない理由を考えることが必要になる。しかし考える前にできてしまった人はもう考えることをしない。人はできない理由は考えられるが上手くできる理由は考えないものだ。

だからボクも考えるようにしよう。幸いにしてボクにはできることよりできないことの方がはるかにたくさんある。だから努力しなくても考えることはやめられないはずだ。あとは何かにチャレンジしようという気持ちをなくさないでいればいい。これも幸いなことにやったことのあるものよりやったことのないものの方がはるかに多い。人間到るところ青山ありである。