何かを買ったりサービスを頼んだり仕事をして報酬を受け取ったりする時、支払ったお金や仕事に見合うだけの報酬が受け取れなければ人は落胆する。しかし自分が想像していたものと同じ程度の見返りがあったからといってそれで満足するかといえばそんなこともない。「あー、思った通りだ」とは思うが満足感はない。最初にハードルを上げてしまうとなかなか満足にはたどり着かない。

支払ったコストに見合う性能が出ているかどうかを測るのにコストパフォーマンスという言葉をよく使う。曰く「コスパがいい」「コスパが悪い」、コストに対してたくさんの見返りを期待してしまうと大抵のものはコスパが悪いということになりかねない。最初からあまり期待しないでいると「そんなに悪くなかったよ」ということになって得した気分にもなりやすい。

誰かに頼み事をするのに「(友達なんだから)タダでやってね」という人がいる。タダなんだから何も期待していないのかと思えばお金を払ったサービス以上のものを求めてきたりする。もちろん大好きな友達で、(あなたのためなら)タダだろうが関係なく何でもやってあげるよと思える友達もいる。もっともそういう人はタダで頼み事をしてくることはまずない。だからもらってしまったコスト以上の見返りを返さなければ申し訳ないと思って考えうる精一杯のことをする。

するとその人は「こんなにしてもらってありがとう」と言いながら更に何かを出そうとする。いやもうキリがないからこの辺で終わっておこうよと思ったりする(笑) そんないい友達が僕の周りにはたくさんいる。反対にボクがお願いしたときにも予想していたよりはるかにレベルの高い仕事で応えてくれる。しかしその関係は一朝一夕に築かれたものではない。

最初にその関係が始まった頃にはお互いに何となくギクシャクしていた。それは相手がどんな人物でどんな性格なのかがわからなかったからだと思う。メーカーや商店でものを買うときにもレストランで食事をするときにも、最初に訪れたときには多少なりともギクシャクする。支払う金額ほど素晴らしいものが受け取れるのだろうか、美味しいものが食べられるのだろうかと疑心暗鬼になりながら注文する。そして予想通りなら納得するしそれを上回るものなら「また来よう!」と思う。ときには「次はないな」と思ってしまう残念なこともないわけではないが、もう2度とこないのだから授業料だと割り切って店を後にする。

そうやって何度も訪れる店はだんだんと増えていくのだが、すぐにそうなるわけではない。何度も通ううちに「この店は裏切らない」と思える店が出来上がってくる。すぐに結果は出ない。いつもいい結果を残せる店だけが自分のメガネに叶うようになる。「継続は力なり」とはよく言われるが信用も継続することで築かれる。

期待以上のものが提供されれば人は満足はするがありがたいとは思わない。いつも期待以上のものが長い間与え続けられれば少しずつ「ありがたい」と思うようになる。一瞬で出来上がったような信用は一瞬で崩れることも多い。長い時間をかけて作られた信用はその幹の太さに現れているように思う。