本物じゃないとダメですか?

ちょっと前に国会で「1位じゃないとダメなんですか?2位じゃダメなんでしょうか?」と素人ぶりをいかんなく発揮して物笑いの種になった議員センセイがいらっしゃいました。スーパーコンピュータの開発競争の話に横槍を入れようと気合を入れたのかもしれません。スーパーコンピュータの開発では世界最速であることが大きなセールスポイントですから、それを追求しないのならやる意味はありません。

■ 「バベルの塔」
僕は子供の頃、家の近所に住んでいた画家先生がやっていたお絵かき教室に通っていたことがあります。いへ、絵が好きだったわけじゃないんです。近所の友だちがみんな通っていたので、毎週土曜日のレッスンの時間になると遊ぶ友だちが誰もいなくなってしまうのです。親に頼み込んで通い始めたのですが、特に絵が好きになることはありませんでした。おそらく才能がなかったのでしょう。その後、上野の美術館にモナリザが来たり、モネやゴッホ、ピカソの絵もやって来ましたが結局一度も美術館に足を運ぶことはありませんでした。そんな中でも例外的に好きだったのがブリューゲルの「バベルの塔」でした。子供の頃に美術の教科書で見て以来、凄い絵だなぁ~と思っていました。いつか見てみたいなと思っていました。その絵が今年ついに上野の美術館にやって来ました。
「バベルの塔」は旧約聖書の中に出てくる巨大な塔です。人間が神に近づくためにみんなで協力して巨大な塔を作り始めたのです。それを見た神様は怒ってみんなが協力できないようにするために、人々の言葉を乱してそれぞれの民族が違う言葉を話すようにしてしまった、というお話だったと思います。「バベルの塔」は宗教画です。その他の宗教画をずらっと並べたその最後にそれは厳かに展示されていました。「1列になって立ち止まらないようにゆっくりお進み下さーい」という係員の誘導でほんの30秒ほどの間、憧れのバベルを拝覧しました。想像していたより小さな絵ですが、その詳細に描かれたタッチは素晴らしいものでした。

■ 絵のクローン
その展示を最後に展示は終わるのですが、実は反対側の壁に一回り大きな「バベルの塔」が飾られていました。説明では東京芸術大学によって本物そっくりに再現された「クローン」と呼ばれる再現画なのだそうです。原画に使われている絵の具の成分を絵に触ることなく分析して、筆のタッチから何からをまったく同じように再現したのだそうです。再現するにあたってはその手法から画材の構成まで細かい記録が残されるので、理論的にはまったく同じものをまた作ることも可能なのだそうです。有名な絵でも形あるものはいつか朽ちていきますから、こういう形で再現できる技術にとてもびっくりしました。

■ ニセモノだけを集めた美術館
四国の徳島県鳴門市には世界の有名な絵を集めた美術館があるそうです。もちろんそれらの名画はレプリカです。陶器で凹凸を作って絵筆のタッチまで再現し焼き上げて彩色して仕上げたものだそうで、絵と観覧者の間には柵も何もなく、中には手で触れる物まであるそうです。本物の絵だったら考えられないことです。その話を聞いた時に思ったのは「すべてが本物でなければ価値が無いのか?」ということです。名画(レプリカ)に触れるというのは素晴らしい経験だと思いました。絵に触る必要があるのかは別として、世界中を旅してもすべてが見られるかどうかわからない絵を生で(レプリカとは言え)見ることができ、身近なものとして感じることができるのは素晴らしいことだと思いました。だって僕にはたぶん、本物かどうかなど区別がつかないのですから。

■ ホンモノの価値
「本物を見ると心が豊かになる」と学校の先生や世のパパママたちはいいますが、本当にそうでしょうか? 世の中には名画の贋作と言われるものがずいぶんと出回っていると聞きます。絵の専門家たちですら見破るのが難しいものも多いといいます。当然素人に区別することは困難でしょう。見分けがつかないものを見てニセモノでは心が豊かにならないのでしょうか? もちろん過去に巨匠たちが描いたそのカンバスが目の前にあるということは貴重なことでしょう。しかしそれは絵を見て心を動かされるということとは違う次元の話のように思うのです。僕は去年、これまた上野の博物館でロゼッタストーンを見ました。18世紀末にエジプトで見つかった古代の石版です。中学校の世界史の教科書にも載っていましたからご存じの方も多いでしょう。石版にはギリシャ文字の他に2種類の文字で同じ内容のことが彫られていて、古代文字の解明に画期的な役割を果たしたと言われる貴重な遺産です。ホンモノはロンドンの大英博物館にあり現物は公開されていません。展示されているのは今回日本にやってきたレプリカです。もちろんそのレプリカに触ることはできません。でも僕はそのレプリカを見てその大きさに驚くとともに(かなりの大きさでした)これが古代の歴史を紐解くきっかけになったのだと思うと心が動きました。素晴らしい!

■ ホンモノを見ることはそんなに大切なのか
世界遺産でも天然記念物でも、何かというと本物を求めて大人数で踏み荒らして台無しにしてしまったものを僕たちはたくさん見てきました。ホンモノ?見なくたっていいじゃない。細かいところは限られた人だけが見て映像で伝えてくれればいいじゃない。精巧なレプリカがあるならそれでホンモノを感じればいいじゃない。想像することで僕たちは十分に心が豊かになると思うのです。クローンだろうがレプリカだろうが贋作(倫理上の問題は別にして)だろうが、いいものはいいしダメなものはダメなのです(人には個人差があります)。その時に思いを馳せることで心は豊かになり子供たちは夢を描くことができるのです。オトナが「これはニセモノだけどね」などと余計なことは言わなくてよいのです。自分の感性を大切にしたいものです。

名画に触れる美術館、ラスコー洞窟に入って見られる博物館。こういうのが優れた差別化なのだろうと思います。