人に何かを訪ねるとき、特に子どもに尋ねるときにはいきなり総論的に大風呂敷を広げた質問を投げかけるのは酷である。そもそも彼らはそんな質問を投げかけられた経験も少ないし、具体的な出来事を自分の身に置き換えて考えることはできても普段起きている身の回りの小さな出来事を総論にまで持ち上げていくほどにはまだ人生を生きていない。

だから彼らが「あなたは将来何がしたいですか?」「あなたはどんな人間になりたいですか?」といきなり言われてもどう答えたらいいのか全く思いつかないだろう。こまっしゃくれて何でも大人の真似をしたがる子どもが「そうですね、強いて言えば公務員かな」などと答えるのが精々である。

子どもだけではなく相手がいい歳をした大人であっても、相手に何かの質問するときには相手が答えやすいような環境を整えてあげなくてはいけない。何がしたいのかを聞き出したいなら

「今までどんなことをしたのか」
「今、自分が面白いと思っていることはなんなのか」

というような身近ですぐに答えられる質問を投げかけて相手の心の中にイメージのカケラを作ってもらってから徐々に核心に迫っていくやり方が相手にとっても答えを出しやすく、自分も求めている答えを得やすくなるのではないかと思う。

「どこが面白いと思うのか」
「他にも面白いと思うことはあるのか」

というように相手の頭の中の発想を膨らませてあげなければ相手も具体的なイメージを持つことは難しいし出来たとしても時間がかかる。そのためには”具体例”を挙げてみることは有用だろう。それも話している相手が今まで生きてきた中ですでに経験してきたようなことと被るような具体例があげられればそれが最もふさわしい。

具体例は必ずしも今話していることと同じ内容である必要はない。例えば泳げない人がスイミングスクールに通っているがなかなか上達しないという悩みを持っているなら、子どもの頃、最初に自転車に乗れるようになった時の気持ちを思う出してもらうような話をしてみることなどだ。人は新しい経験をするときに自分の過去の経験と重ね合わせて考えることで未知のものに対する恐怖や不安を和らげることができる。そのことを思い起こさせることで未知のこともすでに経験したことのあることのように感じて具体的なイメージが湧き上がってくる。

これはある種の誘導尋問かもしれない。ただ警察や裁判での取り調べの誘導尋問では自分(取り調べる側)が欲しい答えを相手に言わせることが目的だが、ここでいう誘導尋問は相手の心の中を自然な流れの中から引き出すことが目的だ。そうすることで相手が言葉で表現できなかった感情までもうかがい知ることができるのだ。