誰か他の人が成功したのを見ると自分でも無性に真似してみたくなることってありませんか? だって目の前でやって見せてくれたんですから…。スポーツや楽器の演奏でも抜群にうまいプレーを見たり素晴らしい演奏を聴いた時にはすぐにでも自分で試してみたくなります。でも大抵の場合、思ったように上手くできないのはどういうわけなのでしょう。

何をやっていても”達人”と呼ばれるくらいに上手な人には何はコツがあってそれを習得しているからだと思ってしまいます。確かに何をする時にでもコツがあってそのツボを押さえることでより簡単に手早くこなすことができます。でもコツさえ掴めば誰でも簡単に何でもできるのでしょうか。達人たちがそのコツをつかむまでには血の滲むような練習とたゆまぬ努力をしてきたことを忘れてはいけません。コツを教えてもらったから上手くできるようになったのではなくコツをつかむほどに努力して練習した賜物だということです。

ちょっとしたコツを教えてもらっただけで上手くなるようなことなら、たとえそれを教えてもらわなかったとしても早晩上達して自分一人でも上手くこなせるようになっていたことでしょう。もちろんコツを教えてもらったことでより簡単に上達できたとしてもです。その方が上達するための近道になることはあります。しかしそれだけで上手くなれることには限界があるのです。

達人たちの技はコツだけでは決して手に入れることはできません。毎日毎日一見つまらないように見えることを繰り返して練習しているうちに少しずつ工夫を重ねて身につけたものです。それは「コツを教えてもらう」だけではいつまで経ってもできるようにはならないということです。「習うより慣れろ」という言葉があります。達人の技は慣れるだけで手に入れることはできなくてもまずは慣れることから始めなければ進歩はありません。それは学校の勉強でも同じですよね。教科書や参考書をいくら読んでも数多くの練習問題をこなした人の方がテストでいい点を取ることができるのはご存知の通りです。

ビジネスでも上手くやっている人の手口を真似してすぐに同じようなことを始めたがる人はたくさんいます。流行を追いかけてブームになっているものを「今はこれが売れてるんだ!」と猿真似をする人は後を絶ちませんが、そのほとんどは1年もしないうちに廃れて姿を消してゆくのです。だってそのブームに乗っている人だってたまたま上手くいっただけのことかもしれないのですから。それに周囲の状況は人それぞれに違っていて同じものなどないのです。よくよく考えて合理的に筋を通すことを忘れて猿真似したところで何も得られるものはありません。そこには合理性を理解しようとする発想がないのですから。

一方で失敗体験を真似しようとする人はいません。でも逆にそれはたまたま失敗しただけで次にやったら成功するかもしれません。ほとんどの場合はやっぱり失敗するでしょう。でも予想通り失敗したなら「どうして失敗したのか」を考えるキッカケになります。失敗した原因を合理的に考えることができます。そしてその失敗の原因と結果は自分の経験として残るのです。だから失敗は成功のもとなのです。

「こうすれば失敗する」ということがわかれば次からは合理的に失敗を避けられるようになります。失敗する可能性が一つ減るということです。それこそが真に価値のあることなのです。