温泉の湯船に浸かって考えていました。最近になってやっと感じるようになったのは世の中には2種類の人間がいるということです。それは「理屈のわかる人」と「理屈がわからない人」です。それは理屈の通じる人と通じない人ということではありません。

理屈はわかって理解していて、ある意味で納得もしているのに理屈の通らない我を通そうとする人を頑固者といいます。この人たちは「理屈のわかる人」に分類されます。理屈はわかっているのに何かの理由で理屈を無視しようとするわけです。

一方で理屈を説かれても理屈が理解できない人もいます。この人たちは理屈のなんたるかがわかっていないので何が正しいのか何をすべきなのかがわからないわけです。このことに気づくのにボクは半世紀以上の時間がかかりました。理屈なんて誰にとっても自明のことなのにどうしていくら説明しても「わからない」というのか、わからない理由がわかりませんでした。

理屈に基本は三段論法や帰納法です。A=Bである、B=Cである、だからA=Cであるというような理屈やAもBもCもみんなやってる、だからそれははイ流行っているのだというような理屈です。他にもあります。これも例を出せば

「地球は丸い」という事実があるのに対して”逆”に「丸いのは地球だ」という言い方があります。これは必ずしも正しくありません。丸いものが全て地球だというならボールもパチンコ玉もシャボン玉も地球だということになってしまいます。”裏”を返して「地球でないものは丸くない」という言い方もあります。これも正しくありません。地球以外にも丸いものはいくらでもあります。でも「丸くないものは地球ではない」。これは正しいですよね。丸くない時点で「地球ではない」とわかります。これが理屈です。

理屈のわかる人は瞬時にわからなかったとしてもちょっと考えればわかります。しかし理屈のわからない人はいくら考えても言い方を変えて説明してもわからないのです。このコラムを読んでいる皆さんにも信じられないことかもしれませんが実際のことです。

どちらも厄介なことです。しかし頑固者も理屈のわからない人もどちらもなんとかしなければ問題は解決しません。今起きている問題を無視して通り過ぎることができないならなんとか解決しなければ終わらないのですから。

頑固者はまだなんとかなることがわかっています。本当にやるべきことは自分ではわかっているのですから、頑固にこだわる原因を取り除いてあげれば理屈に沿った方向に進み始めるはずです。しかし理屈のわからない人に理屈をわかってもらうにはどうしたらいいのでしょうか?「これをすればいいんじゃない?」というアイデアを持っている方がいれば是非お話を聞かせていただければと思います。