毎日のニュースを見ていても”ちょっと目を離した隙に”車で人をはねていたり子供がベランダから転落したりお財布を盗まれたり火事になったりする事件や事故をよく目にする。ちょっとだから目を離しても大丈夫だいう小さな油断が重大で取り返しのつかない事態を巻き起こしたりする。後になって「どうしてあの時目を離してしまったんだろう」と後悔しても後の祭りだ。後悔とは「後」で「悔」やむと書く。

「注意一秒ケガ一生」とは昔からある交通標語だ。しかしここぞというタイミングがわかっていたら誰だって一秒くらいは注意を傾けることはできる。しかし問題は果てしなく連続した時間の中の偶然に切り取られた一秒が重大な結果に繋がるのだ。それはどこの一秒だか誰にもわからない。あとになってみれば誰でも簡単にわかることが起きる前には想像もつかない。

そんな後悔をしないで済むようにするには絶えず油断しないで注意を払い続けるしかない。その油断を怠った時、魔がさしたように悲劇はやってくる。車や自転車の運転、歩きスマホ、子供の引率、つけっぱなしのストーブ、キッチンのコンロ、焚き火などなど、何かをやっているのに目を離す人が多すぎる。それは突発的に何かが起きた時に何も対処できないということを意味する。だって見ていないのだから。

しかしそんな一瞬がやってくるのはごく稀なことだ。大抵はちょっと油断して目を離しても何ごとも起きずに平和な時間が通り過ぎていくものである。だから人は油断する。ちょっとくらい油断したって大丈夫だと思い込む。そして悲劇は訪れる。

油断してもいい時間だってある。どちらかといえば何かが起きてから対処すればいいことの方が多い。キッチンで煮物をしている。あと30分は放っておいても鍋が焦げ付くこともなく少しくらい目を離していても大丈夫だと判断したら、ボクはキッチンタイマーをかけて他のことをする。もちろん何かが起きたらすぐに対処できるように近くにはいなければならないが、付きっきりで火の番をする必要はない。

何かが(鍋が吹きこぼれたりタイマーが鳴ったり異臭がしたら)対応すればいいのだ。その間は油断できるという訳だ。しかし横断歩道を渡っている時に油断してスマホを眺め続けて歩いていたら信号を見落として突っ込んでくる車に気づくことはできない。駅のベンチに座っている時よりも横断歩道を歩いて渡っている時の方がよりリスクは高い。だからせめてその間のなん秒かだけでも「道路を渡ること」に油断なく集中しなければならない。

野生動物は常に緊張して身構えているかと思いきや割と油断している時間も多い。そして外敵の接近や狩の瞬間に集中力を最大に高める。常に緊張していれば次第に集中力は低下してしまう。肝心な瞬間に意識を高めることができなくなる。人も同じだ。子供が集中していられるのは10〜15分程度だと言われる。成人でも40分程度しか集中してはいられない。だからその瞬間を見極めて集中力を高めるのだ。

しかし常にボーッと生きていたらその瞬間を見極めることすらできない。眠っていてもすぐに目を覚ますイヌのように何かが起きそうな前兆を意識の片隅で感じていることが大切なのだと思う。しかし最近のイヌは爆睡していて全く目を覚まさないことが多い。ダメな人間の習性が移ったのかもしれない。