多くの大人はテスト勉強以外は勉強だと思っていないフシがある。学校や塾の先生たちも、テストで良い点が取れないようならそれは”意味のない勉強”だと思っている。大人に限らない。子供だって、机に向かって何かを暗記したり問題を解くことが唯一の勉強だと思っているのではないだろうか。まぁ子供は仕方がない。大人がそのように教えるのだから…。

しかし人生にはペーパーテスト以外にも大切なことはたくさんある。いや、そちらの方がよほど多いものだ。とあるAIの研究者でもある東京大学の先生は(と東大の名前を出してみる)こう話していた。「大人がやるような作業はAIにとっても割と簡単なことなんです」と。もちろん人の感情を理解したり絵や文章が意味することを汲み取ることは今でも難しい、らしい。しかしそれ以前に「棒状のものをつかむこと」や「三角形の穴に三角柱を差し込むこと」をAIに教えることは非常に難しいのだという。

赤ちゃんは生まれてすぐに「何かをつかむ」という動作をする。大人が指を差し出せば(たぶん)無意識にそれをつかもうとする。物が見えるようになって首が座り、一人で座ったりハイハイするようになると身の回りのすべてのものに興味を持って「触ったり」「つかんだり」「口に入れようとしたり」する。しかし長細い棒状のものの端っこを持とうとすれば棒はバランスを失って回転し上手くつかむことができない。赤ちゃんは同じようなことを何度も繰り返すうちに「重心線の近くを持てば上手く持てる」ということを経験から学んでいく。違う形のものを初めて持とうとしても同じように「重心線の近くを持てばいい」ということがわかるようになる。これはAIにはない能力なのだという。AIはまた1から同じように失敗を繰り返さないと学習できない。

経験や体験という名の学習は人間にとって欠かすことのできないことであり、その経験を活かしていくのが人の人たる所以でもある。ただ覚えて知識を高速で検索するのはコンピュータのもっとも得意とするところで人がコンピュータに勝てるものではない。人がAIを含めたコンピュータと上手く分業しながら生きていくためにはそれぞれの得意な分野を使って補い合いながらやっていくことが勝利の方程式である。

今、人が得意なことを生かすにはAIが苦手とする「意味や感情を慮って考え判断する」ことや「経験を活かす」ことだ。物事にはやってみて初めてわかることの方が多い。理屈ばっかりこねているのでは所詮は机上の空論でしかない。ゲーム機でテニスが上手くなったからといってコートを走り回ってテニスができるわけではない。

当たり前だからといって何も考えずに何も経験しようとしなければ道を大きく踏み外してしまうことは多い。今年も当たり前のことを当たり前の理屈で考えながらこのコラムを書いていこうと思う。