NHKのあさイチでうつ病の特集をしていた。以前勤めていた職場にもうつ病で長期間休んでいる同僚が少なからずいた。しかしその誰もがそんなに悲惨な仕事を担っていたわけではない。どちらかと言えば楽チンな仕事をしていた人に限って「心の病」で休職をしている印象があった。だがもしかしたら原因は職場ではなかったのかもしれない。プライベートのことは全く知らなかったのでそちらに原因があったのかもしれない。そちらで心を病むほどの悲惨な思いをしていたのかもしれないがボクにはよくわからない。

うつ病になるのはそもそも心が弱いからだと思っていた。始めてもいないのにできるかどうか悩んでウジウジ考え込んだり、「できるわけがない」と思い込んでいることを押し付けられて困ってしまったり、やるのかやらないのかをさっさ決断して答えを出してしまえば悩むことなんてないじゃないかと思っていた。でもどうやらそんなに簡単に割り切れるものではないらしい。

いつの頃からだったか「心が折れる」という物言いが流行るようになった。「挫折する」ということなのかと思っていたが一歩引いて話を聞いてみるとそういうことでもなさそうだ。何かに立ち向かっていこうとする意欲がなくなったりして何もできなくなるというのだ。「やらない」のではなく「やれない」のだという。ボク自身は心が大雑把なせいか今までそんな状況になったことがないので細かいことはよくわからない。それがうつ病に繋がるのかどうかもよくわからない。

ただ最近になって何かをうまく解決させようとしているのに回りや相手の状況がうまく理解できずにどっちに向かって走り出したものかわからなくなって胃が痛むようなことが増えてきた。なぜ状況を理解できないのか?相手の言っていることがコロコロと変わってしまうのだ。しかも相手はそのことに全く気づいていないし指摘してもわかっていない。

大企業の職場なら他にも客観的に判断できる仲間がいて兎にも角にも妥協点だけは見出せたのだが、個人的とも言える付き合いの中では自分がなんとかしないことには決着がつかない。うつ病になる時というのはこう言った状況が延々と果てしなく続くように感じる時なのかもしれない。

うつ病の原因は「心の弱さ」よりも「生真面目さ」なのではないだろうか。ボクの場合はこだわりがないので「どうにもならないものはどうにもならないのだ」と早々に見切りをつけて別の切り口で目的に近づく方法を探し始めるようにしている。なかなか答えの出ない数学の問題に延々と時間をかけるより「テストで少しでもいい点を取る」という目標に向かって「簡単に解ける問題から始める」ようなものだ。簡単な問題が解けると難しい問題を解くヒントが見えるかもしれない。それに「全問不正解」よりもちょっとでも解いた方が気分がいいというものだ。

責任感が強くて生真面目な人は「なんとしてでもやらなきゃ」と思ったり「『できません』なんて言えない」などと自分を追い込むような考え方が好きである。今までそうやって自分自身を鍛え上げてきたのだから。そう思っているのはあくまで自分の心だと思う。ちゃんとした性格だから仕方ないのだが何事もチャランポランにできないから追い詰められるのだと思う。それを力ずくで解決することで力を蓄えてきた成功体験だそうさせるのかもしれない。

人生の中にはどうしても解決できないことがある。だが綺麗でスマートではなくてもなんとか無理くり、悪い言い方をすれば妥協点を見つけて落とし所を作れば解決することはたくさんある。

うつ病患者に対しては「甘やかさなければいけない」とか「頑張れ!」って言っちゃあいけないなどという人がいるが誰だって頑張って生きているのだ。自分だけが頑張らなくていい道理がないと考える性格だからうつ病になってしまったのではないだろうか。周りにいる人間は、やっぱり精一杯頑張らなければいけないけれど今までの思い込みから一歩引いて少し広い視野で”頑張る方向を変えてみる”ことをアドバイスしてみたらどうだろうか。

そもそも頑張ることが大好きな人間が「頑張るな!」と言われるのはそれなりに辛いことだと思うんだよね。