NHKの「あさイチ」でセックスレス夫婦の話題が出ていた。NHKも朝からこんな話題を持ち出すようになったのだから時代も変わってきたのだなぁと思う。でも夫婦や恋人同士にとってそもそもセックスは新しい話題ではない。哺乳類として、人としてこの地球上に誕生してから200万年もの間営み続けてきた行為である。それはいつしか子孫を残すという大きな目的とは別にコミュニケーション手段の一つになっているという話だった。

何かがきっかけで夫が妻から、または妻から夫がセックスを拒絶され、それが何度も長期間にわたって続くとセックスレスになることが多いのだという。それはそうだろう。入試や就活、営業などでも相手から断られ続ければだんだんと心はすさみ、「もういいや」と投げやりな気持ちにもなる。自分が断られたり無視された時には心が傷つくのに、相手にそんな仕打ちをしても自分では気づかないことが多い。それはセックスに限らずコミュニケーション全体に言えることだ。

セックスはひと同士の、主に男女間のコミュニケーションの一つだと言われている。ニホンザルの毛繕いが親愛や信用を表す表現の一つであるように、人同士の愛情表現や絆を強くするために無意識に(とは言わないが)用いられたりする。しかしそのコミュニケーションがある時には一方的で自分本意なものになりやすいことが問題の一因なのではないかという意見が出ていた。

女性からは、「嫌がっているのに男が独りよがりで挿入して射精するのが嫌だ」という声や、出産を機にセックスレスになったまま何となく再開できないでいるなどの意見があった。他のコミュニケーションでも同じことだが相手の心情を慮るあまり、素直に感情を口にすることが憚られることはよくあるケースだ。喧嘩したまま仲直りするきっかけを掴めない小学生だったり、学校のいじめが嫌で死にたいとまで思っている中学生、職場の上司や同僚に理不尽な要求を突きつけられながら生活のために逃げ出すこともできないでいるサラリーマンなど、とかくこの世は住みにくい。そんな時も素直に感情を相手に伝えられる人はほんの一握りだろう。

人間関係の基本はWin-Winである。最終的にお互いが得をして幸せになれるような関係を築けなければ長く続くいい関係にはなれない。どちらか一方だけが満足しても相手に不満が残るようならその関係はWin-Winではない。どちらかの満足が相手の犠牲の上に成り立っているようではその関係は遠からず崩壊する。セックスも同じように独りよがりでどちらかだけが満足すればいいという態度は相手の我慢に依存している。そのことに気づかないようでは幸せな関係が長続きするはずもない。