関東人は喫茶店やレストランを探す時、まず最初にチェーン店を探します。全国展開されているチェーン店ならOK、地域のローカルチェーンならちょっと考えます。全世界的に展開しているmドナルドやSターバックスなら大歓迎です。だからmドナルドやSターバックスを前にするとモスBガーやタRiーズコーヒーは色褪せて見えてしまいます。関東では同じようなチェーン店でも一方は長蛇の行列なのに隣にある別のチェーン店はガラガラなどということは日常茶飯事です。

関東人は「いつもと同じ味」や「見慣れたメニュー」をこよなく愛し、冒険しないで済むことに安心するのかもしれません。でも大阪人はそんなことおかまいなしです。営業の仕事で知らない街を歩いていてもコーヒーが飲みたくなれば目の前にある見知らぬ個人営業の喫茶店に平気で入っていきます。ズカズカと入っていったかと思うと3秒後には店のマスターに親しげに話しかけてあっという間に友達のような口調で話しかけます。彼らにコミュニケーションの障害になるものはありません。彼らはいつも見知らぬ小さな喫茶店やレストランを好んで入ります。というよりチェーン店があまり好きではないようにも見えます。信用していないと言った方がいいかもしれません。

何年かの大阪生活の間に大阪人の同僚や友達があっという間にたくさんできました。そんな彼らと一緒に行動しているうちに少しばかり関西文化がわかるようにはなりましたが決して理解して同調できたかと言われればそれは違うような気がします。彼らが生まれ育ったあの街は関東人が少しばかり足を踏み入れたくらいではほとんど理解できないのです。そして何よりも彼らは大阪が大好きなのです。

それでもスターバックスに入りたがるような大阪人は、大阪の中でも田舎者の部類に入るような気がします。生粋の大阪人ではないということです。西日本の各地から大阪に”上京”してきた部類の人たちで、東京に多く暮らしている人たちと変わりません。東京に出てきた地方出身者が心から東京を愛せないように、大人になってから大阪に出てきた人もあまり大阪を愛していないように見えます。いくら口で「大阪ぁ〜だあいすきやデェ〜」などと言っていても本当は自分の生まれ故郷の方が何倍も好きであるに違いないのです。

それでも都会にコンプレックスのある人は名前の通った人気有名ブランドを盲信します。それは東京でも同じことです。ただ東京にはあまりにも地方出身者、いわゆる”よそ者”が増えて東京出身者の割合が少なくなってしまったので、街に出ても東京人にとっての気のおけない信用できる生粋の東京出身者を見かけることがなくなってしまいました。

いや地方出身者が信用できない人だと言っているわけではありません。東京でも同郷の人が集まる「県人会」などに行くと知らない人同士でも故郷が同じというだけで心を許せることがあると聞いたことがあります。かつては飲み会でも酔っ払って「〇〇の人間に悪い奴はいない!」などと気炎を上げている人もいました。生まれ育ちが同じだというだけで気心が通じると感じるのではないでしょうか。

東京に集まっているのはその多くが”イナカモノ”です。それぞれに自分の故郷を持っており故郷を愛しています。東京人も故郷が東京なのであって、自分が生まれ育った町内の知り合いは気心がわかっていて自分の地元を愛しています。しかし高度成長期から古い東京の街は取り壊されてみんなビルジングになってしまいました。住んでいた人たちも散りじりになって古い知り合いもいなくなってしまいました。愛する故郷がなくなってしまうということは寂しいことです。でもそれが東京に課せられた運命だったわけです。

東京でもまだ古い街が残っているところでは古くからの小さなお店が今でも脈々と営業しており、寅さんや両さんのように地元の人はチェーン店など行かずにそのお店に通います。これが生粋の東京の「イナカモノ」だと思うのです。