好きなことも美味しいものもお酒もタバコも、そんなに我慢してまで長生きしたいですか?健康のために食べたいものを我慢して苦しい思いをしてまで長生きをしてあなたは何をしたいのですか?

死ぬのが怖いですか?なぜ死ぬのが怖いのでしょう。今まで経験したことのないものを恐れるのは人の性です。やったことがないから何が起きるかわかりません。とてつもなく苦しく辛いことが待っているかもしれません。誰でも痛いことや苦しいことは好きではないでしょう。避けられるものなら避けて通りたいと思うのは自然なことです。”死”の向こう側には残虐な血の池地獄や身体中を串刺しにする針山地獄が待ち受けているかもしれません。地獄に落ちたいと思う人はあまりいないはずです。地獄に行って残酷な拷問を受けることがわかっていれば死ぬのはやはり怖いし死にたくないでしょう。

ボクは死後の世界や幽霊をあまり信じていません。でも絶対にないとも思っていません。知らないことはまだまだたくさんあるはずです。でも今は幽霊よりも生きている人間の方が何倍も怖いです。幽霊が何をするかは子供の頃から話に聞いていますが、生きている人間は何をしでかすかわかりません。

人間も動物も植物も、この世で生きとし生けるものは死んだら動かないただの物質になるだけです。土に戻るのです。冷静に考えれば”意識”はなくなり”考える”こともなくなり、喋ることも動くこともなくなります。心臓は止まり血が流れることもなくなり朽ちていくだけです。「死んでも夢を見る」という人もいますが、”ただの物質”が夢を見ることはボクには考えにくいのです。

でもそんなことは誰にもわかりません。こちらの世界とあの世の両方を見てこちらの世界に戻ってきた経験があると言っていたのは丹波哲郎さんくらいですが、彼は「あの世とこの世は地続きだ」と言っていました。三途の川はあったのでしょうか?もう詳しいことは忘れましたがボクにとってはどうでもいいことです。死んでみればわかるのですから。

坂本龍馬は生前から「死ぬときはドブの中でも前のめりに倒れて死にたい」と言っていたと少年マンガ「巨人の星」の中で星飛雄馬の父・一徹が話していました。それはどうやら坂本龍馬が言った言葉ではなく星一徹の創作らしいのですが、人として生きている時から「いつ死んでも悔いがないように」と死ぬことだけを目標にして生きているのはツマラナイと思うのです。行き着くところまで行って倒れたならそこまでの運命だったのだと思っています。それでもなおかつ前向きでありたいと思う、前向きに死んでいくことができたならそれでいいなと思っています。それがボクにとって悔いのない死に方のような気がするのです。

やり残したことがあったっていいじゃないかと思うのです。いつかは必ず死ぬのだしいつ死ぬのかは誰にもわかりません。生きているうちにできたところまでが自分の人生なのであって未完成の部分はどうしても残るのです。逆に未完成の部分が残らず、死んだ時に全てが完成していたなら最期は立ち止まって死ぬまでの時間を持て余してただ待っていたのではないでしょうか。それならばやはり死ぬ瞬間まで精神だけは前を向いて踏み出そうとしていたいと思います。永遠にやってこない完成された人生の終着点に向かって…。

終わりは突然にさりげなくフッとやってくるのでしょう。その時がいつなのか知る由もありませんが、その時のことばかりを考えているよりまだ見ぬ先の景色を見ようと歩き続けていたいと思うのです。